藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

キュリー夫人やショパンに感じたポーランド人の誇り

藻谷浩介・地域エコノミスト
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ワルシャワ旧市街の大道芸人。酔っぱらった通行人が驚いていた(写真は筆者撮影)
ワルシャワ旧市街の大道芸人。酔っぱらった通行人が驚いていた(写真は筆者撮影)

 民主化後では初めて、28年ぶりに訪れたポーランドの首都ワルシャワは、すっかり西欧的な都会になっていた。ロシアによる陰惨な支配の歴史の証人であるツィタデラ(要塞<ようさい>兼監獄)から南に向かい、旧市街の中に入っていくと、ひび一つまで昔通りに再建された端正な街並みが始まる。しばらく歩いた先に、マリー・キュリーの銅像があった。

 日本でいえば明治維新の前年、ロシア支配下のワルシャワで、教育者一家の5人きょうだいの末っ子に生まれたマリーは、ロシアによるポーランド知識人層弾圧、大学に入学できないなどの女性差別の二つのハンディーを潜り抜け、パリで質素な生活を送りながら放射能の研究を続けて、生涯にノーベル化学賞と物理学賞の両方を受賞した。

 この両賞を受賞したのは今日に至るまで彼女だけだが、他に彼女は幾つもの「女性初」を持つ。女性初のノーベル賞受賞者、女性初のパリ大学教授、女性初の元素命名者(故国ポーランドにちなんだポロニウム)。夫のピエール・キュリーも、2人の娘のイレーヌ・キュリーも、そのまた夫も、皆がそれぞれの研究でノーベル賞を受賞した。

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。