「多文化共生」の現場

入管法改正「ブラジルタウン」大泉町が歩んだ30年

永井隆・ジャーナリスト
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大泉町の入り口に当たる県道沿いにある看板には、日本語、ポルトガル語、英語が使われていた
大泉町の入り口に当たる県道沿いにある看板には、日本語、ポルトガル語、英語が使われていた

 外国人労働者の受け入れを拡大する改正入管法が成立し、4月施行される。人手不足が深刻化するなか、働く現場の担い手として期待が高まるが、受け入れ体制や働きやすい環境づくりなど問題は山積する。1990年代から南米日系人労働者らの移住が進んだ群馬県東部「太田・大泉地域」の現場から、多文化共生社会への課題を探った。

 東京・浅草から東武鉄道を乗り継ぎ約2時間。群馬県大泉町の中心部、西小泉駅近くのレストランや店舗の看板にはブラジル国旗の鮮やかな緑・青・黄が映える。同町は人口4万2000人の2割が外国人で、その半分はブラジル人という「ブラジルタウン」。バブル期の90年の改正入管法を契機に南米日系人の雇い入れと定着が進んだ結果だ。

 「この先は日本中が大泉になる」。同町役場の多文化協働課長、笠松弘美さんがいう。町はこの約30年間、南米日系人との「多文化共生」と格闘してきた。今回の入管法改正はその「大泉の経験」を日本がなぞることになるとみるためだ。

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永井隆

ジャーナリスト

1958年群馬県桐生市生まれ。明治大学卒。東京タイムズ記者を経て、92年にフリージャーナリストとして独立。「サントリー対キリン」(日本経済新聞出版社)など著書多数。