
平成期の日本文学を振り返った時、「文学不振」だの「出版不況」だのといった世評とは違って、意外な豊穣(ほうじょう)の時代だったのではないかというのが、私の考えだ。その詳細な分析は他の機会にするとして、幅広い世代の多様な作家が活躍した30年だったように思う。
その中でも、目立った活躍を見せた書き手の一人が吉田修一であることは、多くの読者が認めるところではないだろうか。1968年生まれの吉田は97年にデビュー。山本周五郎賞受賞の「パレード」と芥川賞受賞の「パーク・ライフ」を皮切りに、「悪人」「横道世之介」「路(ルウ)」「怒り」と話題作、力作を立て続けに発表している。
吉田の仕事の特徴を二つ挙げよう。一つは純文学と大衆小説の両方で、魅力的な小説を書き続けていることだ。つまり彼の作品は、人々が心の底に抱いている無意識の願望や欲望を言葉で表す力と、物語展開の面白さや人間模様の味わい深さの両方に優れているのだ。
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重里徹也
文芸評論家、聖徳大教授
1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。