「自己保身社会」の現実

怒りと不満の「被害者意識」が覆う社会を生き抜くには

片田珠美・精神科医
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 今、生きづらいと訴える方が多い。そういう方の訴えを精神科医として聞く機会がしばしばあり、なぜ生きづらいのか、その原因は一体何なのかを考えている。

 メディアで報道された事件や騒動、あるいは私が実際に相談を受けたケースを分析した結果、みな被害者意識を抱き、不満と怒りを募らせていることがわかった。不満と怒りがあまりにも強いと、罰を与えたいという懲罰欲求も生まれる。

 しかも、不満と怒りの原因を作った本来の相手に対しては、怖くて怒ることができない。だから、無関係の弱い相手に怒りをぶつける。つまり、怒りの矛先がずれているわけだが、このずれが日本中の至る所で生じている。いわば八つ当たりする人が増えているのだ。

 かつては権威があると考えられていた人物や組織の不祥事が相次いでいるが、その責任を誰も取ろうとせず、押しつけ合っている。つまり、何でも他人のせいにする他責的傾向が強まり、日本は「一億総他責社会」になりつつある。

 この「一億総他責社会」で誰もが自己保身を最優先し、責任を押しつけ合い、足を引っ張り合っているからこそ、生きづらいのだと思う。しかも、こうした他責的傾向は、皮肉なことに「自己責任」が強調されるほど、強くなる。

「自分だけが割を食っている」という意識

 私は企業で定期的にメンタルヘルスの相談に乗っているのだが、「自分だけが割を食っている」と被害者意識を抱いている人が多いことに驚く。

 その最たるものが、役職定年制を導入している会社でポストオフになった元管理職である。一定の年齢に達すると、管理職から外れて平社員と同じ仕事をすることになるのだが、なかなか受け入れられないようだ。

 しかも、困ったことに、ポストオフになった元管理職は、しばらく現場の仕事から離れていたので、慣れるまでに時間がかかる。また、手が遅いので、パソコンを使用した書類の作成などは、一日にこなせる量が、若手社員と比べると少ない。年下上司や若手社員の目には「働かないオジサン」のように映ることもある。

 若手社員は「働かないオジサンのせいで、こっちの仕事が増えて大迷惑だ」と陰口をたたく。一方、元管理職のほうも「これまでは管理職でバリバリやっていたのに、こんな誰でもできるような仕事なんか、やってられるか」と愚痴をこぼす。

 
 

正社員と非正規社員

 このように双方が被害者意識を抱き、不満と怒りを募らせることは、非正規社員と正社員の間にもあるようだ。

 非正規社員は「正社員は高い給料をもらっているのに、面倒な仕事は全部私たちに押しつける。それなのに、仕事がなくなったら真っ先に切られるのは私たち」と愚痴をこぼす。一方、正社員は「非正規社員には、責任感のない人が多い。注意したら、次の日から来なくなる。残業もしないので、何かあったら私たちが尻拭いをさせられる」と不満を漏らす。

 社会に目を向けても、年金保険料が高齢者に奪われているように感じて怒りを覚える若者と、長年、年金保険料を納めてきたのに、その割には受け取る年金額が少ないと不満を募らせる高齢者の間に同様の関係があるように見える。

 このように自分こそ被害者だと互いに思い込んでいるのが、日本の現状だ。被害者意識が強くなると、加害者とみなす相手に対して怒りを覚え、罰を与えたいと願うようになる。

 この連載では、そうした社会の構造を分析し、みなが被害者意識を抱き、懲罰欲求を募らせている現状を浮き彫りにする。そのうえで、この社会を生き抜く処方箋を提示したい。

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 この連載は精神科医、片田珠美さんの著書「一億総他責社会」(イースト・プレス社刊)をウェブ用に編集したものです。今回は「総論」をお届けしました。次回以降は「事例編」と「処方箋編」を数回ずつ交互に掲載します。全10回程度の連載になる予定で、毎週水曜日に掲載します。次回は3月6日に掲載します。

片田珠美

精神科医

 広島県生まれ。大阪大学医学部卒。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。パリ第8大学精神分析学部で学ぶ。精神科医として臨床に携わり、社会の根底に潜む構造的な問題を精神分析的視点から研究している。「他人を攻撃せずにはいられない人」(PHP新書)、「高学歴モンスター」(小学館新書)など著書多数。