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小室淑恵さんに聞く「働き方改革で経営者がやること」

エコノミスト編集部
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小室淑恵さん
小室淑恵さん

 残業時間の上限規制や年次有給休暇(年休)の取得義務化などを盛り込んだ働き方改革関連法が4月から順次施行される。900社以上に働き方改革をコンサルティングするワーク・ライフバランスの小室淑恵社長に、改革を進めるポイントなどを聞いた。週刊エコノミスト4月9日号の巻頭特集「始まる!働き方改革法」よりダイジェストでお届けする。

人手不足が迫った残業抑制

 --働き方改革関連法をどう評価しますか。

 ◆小室淑恵さん ここまで議論を決着させて施行までこぎ着けたこと自体、相当に難易度の高いことだったので、とても評価していいと思います。下手をすれば、まったく結論に至ることができない可能性もありました。

 --なぜ、それほど難易度が高かったのですか?

 ◆私は2014年、政府の産業競争力会議の民間議員となりましたが、当時は「ホワイトカラー・エグゼンプション」(頭脳労働に従事するホワイトカラーを労働時間規制から外す制度)導入の議論一色。当時は「労働時間に上限を設ければ人手が回らなくなる」という考え方でした。この国の最大の課題である少子化問題の対策が、長時間労働の是正と結びついていなかったんですね。

 
 

 しかし、15年ごろから先進的な取り組みをする経営者が「働き方を変えてみたら、社員の結婚や出産が増えた」といった事例を発信するようになりました。経営者が「このままでは社会だけでなく、企業も持続可能ではない」とマインドを変え始めたんです。その結果、無視され続けていた残業時間の上限規制などが法案に盛り込まれ、政治も支援して労使で合意することができました。

日本企業にイノベーションが起きない理由

 --経営者がマインドを変えた背景は?

 ◆かつての日本は、総人口に占める生産年齢人口(15~64歳)の割合が増え続ける「人口ボーナス期」でした。この時代には、大量かつ均一な商品やサービスが求められるため、男性ばかりで長時間労働する同質的な組織が大成功します。

 しかし、現在の経営者の悩みは、とにかく商品やサービスのイノベーション(革新)が起きないこと。社員にいくら発破を掛けても、気合だけではイノベーションは起きず、価格競争に巻き込まれてしまいます。多くの経営者は、イノベーションが起きない理由が組織の均一性にあることに気付いています。

 --日本は既に、生産年齢人口の割合が減る「人口オーナス期」に転換しています。

 ◆そうなんです。人口ピラミッド(男女別に年齢ごとの人口を表したグラフ)を見れば、前から分かっていたことなんですが、4年ほど前が一つの潮目だったと思います。東日本大震災の復興本格化、20年の東京五輪・パラリンピック開催決定で、人手が本当に足りないという認識が広がりました。

 さらに、大手広告代理店の社員の過労自殺事件が起き、労働基準監督署もサービス残業や名ばかり管理職の問題を厳しく指導するようになりました。経営者はようやく、男女ともに採用して短時間で効率よく働き、さまざまな人を内包する多様性のある組織にした方がいいと実感してきています。遅すぎない?っていう話なんですけど。

 
 

経営者がやるべきこと

 --ただ、働き方改革の実践では、多くの企業が試行錯誤しています。

 ◆経営者のコミット(関与)は重要ですが、やり方を細かく指示すべきではありません。大事なのは、現場が自分たちで働き方を見直せる場を作ること、そして働き方を変えれば評価が得られる仕組みにすること。管理職に対しては、部下への命令型のマネジメントから、コーチング(対話を通した支援)型への切り替えも必要ですね。トップダウンとボトムアップが響き合う企業だけが、働き方改革を上手に進められます。

 経営者がコミットすべきなのは、インセンティブ(報酬)設計です。16年度から働き方改革を始めた不動産管理業の三菱地所プロパティマネジメント(東京)は、15年度と比較して減った分の残業代1億8600万円を全額、社員に還元しています。また、22年度まで減った分の残業代を全額、還元し続ける約束もしています。社員にとって残業代という見入りが減らず、戻ってくるという設計が重要ですね。

 --働き方改革関連法の不十分な点や今後の課題は。

 ◆前日の終業時刻から翌日の始業時刻まで一定の休息時間を設ける「勤務間インターバル」制度が盛り込まれましたが、努力義務にとどまっています。日本の労働生産性を下げている要因の一つが、メンタル疾患(心の病気)をめぐる状況のまずさだと考えています。しっかりと睡眠を取ることがメンタルの回復につながるので、早く義務化すべきです。

 もう一つ、「女性活躍」は素晴らしいことですが、男性が育児により参加しなければ、女性が疲れ果ててしまいます。育児休業を取得したいと考える男性の新入社員はいまや8割。企業にとって育休の取得率の高さは人材採用のアピールポイントにもなります。政府にも今後、男性の育休取得100%社会への推進を働きかけたいですね。

小室淑恵さん略歴

 こむろ・よしえ 1975年東京生まれ。日本女子大学卒業後、99年に資生堂入社。2006年7月にワーク・ライフバランスを設立し現職。2児の母。主な著書に「女性活躍 最強の戦略」(日経BP社)、「労働時間革命 残業削減で業績向上! その仕組みが分かる」「働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社」(いずれも毎日新聞出版)

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 この記事は、週刊エコノミスト4月9日号の巻頭特集「始まる!働き方改革法」をウェブ用に編集したものです。連載「週刊エコノミスト・トップストーリー」は原則、毎週水曜日に掲載します。

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エコノミスト編集部

藤枝克治編集長率いる経済分野を中心として取材、編集するチーム。経済だけでなく社会、外交も含め幅広く取材する記者の集団であり、各界の専門家にコラムや情報提供を依頼する編集者の集団でもある。