戦国武将の危機管理

今川義元・武田信玄と敵対した北条氏康「撤退の決断」

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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戦国大名・北条氏の居城として知られる小田原城=小田原城址公園で2016年3月31日、澤晴夫撮影
戦国大名・北条氏の居城として知られる小田原城=小田原城址公園で2016年3月31日、澤晴夫撮影

 北条氏と今川氏は、本来、姻戚関係にあり、同盟関係にあった。北条氏初代の北条早雲(伊勢宗瑞)の姉が今川氏親の母で、早雲も伊豆討ち入りのときには氏親の力を借り、氏親も駿河から遠江に版図を広げる段階では早雲の力を借りていたのである。

 ところが天文5(1536)年、「花蔵(はなぐら)の乱」と呼ばれるお家騒動の末に今川氏の家督を継いだ今川義元が、それまで北条氏と一体となって敵対していた甲斐の武田信虎と手を結んだ。怒った北条氏綱は駿河に攻め入り、駿河国の富士川以東の駿東郡・富士郡を占領する事態となった。これを「河東一乱(かとういちらん)」と呼んでいる。

 この北条・今川両氏の断絶状況は、氏綱が亡くなって子の氏康の代になっても継続していた。武田氏でも信虎…

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com