戦国武将の危機管理

離反寸前の重臣が起草した「六角家式目」の意外な中身

小和田哲男・静岡大学名誉教授
  • 文字
  • 印刷
 
 

 戦国時代、戦国大名の中には、自分の領国内だけに通用する法である分国法を制定する者がいた。戦国家法ともいい、伊達氏の「塵芥集」(じんかいしゅう)、今川氏の「今川仮名目録」、武田氏の「甲州法度之次第」、長宗我部氏の「長宗我部氏掟書」などが有名である。

 これら分国法は、多くの場合、トップである戦国大名が制定し、それを家臣および領民に順守させる形をとる。ところが、分国法の中には違うプロセスをとったものもある。南近江の戦国大名六角(ろっかく)氏の「六角氏式目」もその一つである。実は、分国法制定の裏に、六角承禎(じょうてい)・義治父子の危機管理があったのである。

この記事は有料記事です。

残り830文字(全文1109文字)

   

ご登録日から1カ月間は100円

いますぐ登録して続きを読む

または

登録済みの方はこちら

小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com