藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

東欧の小国「ブルガリア」旧ソ連衛星国の生き方を見た

藻谷浩介・地域エコノミスト
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共産主義時代末期に建設された国立文化宮殿。デザインがまがまがしいが……(写真は筆者撮影)
共産主義時代末期に建設された国立文化宮殿。デザインがまがまがしいが……(写真は筆者撮影)

 ローマ帝国、オスマントルコ、旧ソ連と、周辺大国に支配され、あるいは従属しながらも、南スラブ系住民の国としての実態を失わなかったブルガリア。欧州連合(EU)圏の東端にありながら、その首都ソフィアの街頭風景は西欧の街そのものだった。旧共産圏であったという名残は残っていないのか。そして今の経済はどのように回っているのか。

 聖アレクサンドル・ネフスキー大聖堂を後にした筆者は、南西方向に歩みを進める。緑多い大通りと公園が多数交錯する、いかにも「欧州の都市」という感じの地区に入ると、戦士の銅像があった。地図によると、ナチスドイツと戦ったパルチザンの記念碑だが、ブルガリア王国は第二次大戦時にはドイツと組んで枢軸国側で戦っており(つまり日本にとっては味方だった)、像のようなパルチザンがいたとしても、旧ソ連の別動隊的なものだったのではないか。

 19世紀後半にトルコから独立したブルガリア王国は、1912年~13年の第一次バルカン戦争で、セルビア、モンテネグロ、ギリシャとバルカン同盟を組み、再度トルコに勝利した。しかし直後に、言語を同じくする現在の北マケドニアの併合を求めてセルビアと争いになり(第二次バルカン戦争)、今度は旧バルカン同盟国に加えてトルコ、ルーマニアからも袋だたきにあう。これに勝ったセルビアがオーストリアと争って第一次大戦を…

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。