藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

ルーマニアに降り立つ なぜここは「ラテン系」なのか

藻谷浩介・地域エコノミスト
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ブカレストの街角で声をかけてきた若者。いかにもラテン系の明るさ(写真は筆者撮影)
ブカレストの街角で声をかけてきた若者。いかにもラテン系の明るさ(写真は筆者撮影)

ブルガリア・ルーマニア・モルドバ編(3)

 日本で「ラテン系」というと、「中南米系」のニュアンスがある。だがラテン語は古代ローマの公用語で、西ローマ帝国滅亡後にイタリア語、フランス語、スペイン語などへと分化し、それがスペイン人などにより新大陸に持ち込まれたのだ。他方、東ローマ帝国の公用語はギリシャ語で、東欧にラテン系の言葉を話す民族は残らなかった。ルーマニア人という例外を除いて。ドナウ川北岸、かつてのローマ帝国辺境に孤立する、このラテン系国家の実態とは?

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外105カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。