名家のルーツ

“銭形平次”誕生のきっかけ 大阪のゼネコン・銭高組

森岡浩・姓氏研究家
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1960年の大阪市内の風景。右端が、銭高組が手がけた大阪市役所=1960年4月8日撮影
1960年の大阪市内の風景。右端が、銭高組が手がけた大阪市役所=1960年4月8日撮影

 近年、時代小説の人気が高い。中でも人気が高いのが、同心や岡っ引きが活躍する捕物帳だ。これまで多くのヒーローが生まれたが、最も有名なのが銭形平次だろう。この銭形平次の誕生のきっかけとなったのが、関西の建設会社の雄、銭高組である。

 作家・野村胡堂の「銭形平次捕物控」は1931(昭和6)年から57年まで雑誌で連載された国民的人気作品で、テレビドラマでも何度か放送された。「半七捕物帳」に代わる捕物帳の執筆を依頼された野村が、ビルの建設現場にあった「設計施工 銭高組」の看板を見て、いざというときに銭を投げる銭形平次のキャラクターを思いついたという。

 銭高組を創業した銭高家は、和泉国日根郡尾崎村(大阪府阪南市)で代々「番匠」(ばんしょう)を務めていた。番匠は、本来朝廷で宮廷の新築や修理に従事していた工匠のことで、中世には広く宮大工の棟梁(とうりょう)を指していた。銭高家も江戸時代は「番匠屋」という屋号を名乗って宮大工の棟梁をしていた。同社では1705(宝永2)年の本願寺尾崎別院(大阪府阪南市)の完成をもって創業としており、創業からは今年で31…

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森岡浩

姓氏研究家

1961年、高知県生まれ。早稲田大学在学中に独学で姓氏研究を始める。文献調査やフィールドワーク、統計を用いた実証的手法を用いる。2017年4月からNHK「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」に出演。著書、多数。