戦国武将の危機管理

島津家の財政を支えた“年貢以外”の三つの収入源

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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首里城の守礼門
首里城の守礼門

 戦国大名、島津氏は「薩摩・大隅・日向3カ国の太守」などといわれ、全国の数ある戦国大名の中でも、その実力は上位にランクづけされている。

 ところが意外なことに、その3カ国の石高は思ったより低い。太閤検地が終了した時点の「慶長三年検地目録」によると、薩摩国は28万3483石、大隅国は17万5057石、日向国は12万88石で、全部足しても57万8628石にしかならない。これは尾張一国とほぼ同じである。

 ということは、島津氏の飛躍を支えたのは、年貢収入以外だったことになる。では、年貢以外だとすると、ど…

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com