戦国武将の危機管理

家康家臣が見事に押さえ込んだ「暴れ天竜と坂東太郎」

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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利根川付近に発生した雲海=埼玉県大利根町(現加須市)で2010年10月11日、西本勝撮影
利根川付近に発生した雲海=埼玉県大利根町(現加須市)で2010年10月11日、西本勝撮影

 今年の台風19号による洪水被害の状況は、あらためて水の脅威を思いおこさせる形となった。ふり返って、戦国時代はどうだったのだろうか。

 現在でも、武田信玄の信玄堤、加藤清正の清正堤の名で知られるように、信玄や清正が手がけた堤防が戦国武将による領民安寧の施策として伝えられている。実は、信玄堤や清正堤ほど有名ではないが、備前堤という名の堤防が各地に残されているのである。備前堤の名は、伊奈備前守忠次に由来する。

 伊奈忠次は、天文19(1550)年、三河の松平氏の家臣、伊奈忠家の長男として生まれている。ふつうなら、徳川家康の家臣となってトントン拍子の出世をするところであるが、忠次はつまずいている。

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com