名家のルーツ

老舗・凮月堂「松平定信と水野忠邦」に愛された菓子店

森岡浩・姓氏研究家
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本家・大住家の流れをくむ上野凮月堂=2019年12月18日、田中学撮影
本家・大住家の流れをくむ上野凮月堂=2019年12月18日、田中学撮影

 江戸中期に寛政の改革を行った松平定信と、後期に天保の改革を断行した水野忠邦。江戸時代の三大改革のうち二つの改革を指揮したそれぞれの老中に愛された和菓子店がある。それが、現在は焼き菓子のゴーフルで有名な凮月堂(ふうげつどう)だ。

 ゴーフルは、薄焼き煎餅にクリームを挟む洋菓子。本来は固有名詞ではなく、専用の型で作る平たい菓子を指し、英語のワッフルと同じ意味のフランス語だ。

 凮月堂は大きいものを「ゴーフル」、小ぶりなものを「プティゴーフル」「ゴーフレット」といった商品名で販売している。現在では洋菓子のイメージがあるが、実は江戸時代から続く和菓子の老舗だ。神戸凮月堂が有名で、他にも東京凮月堂、上野凮月堂などがあるが、本家・大住家の流れをくんでいるのは上野凮月堂のみだ。

 上野凮月堂の社史「『ふうげつ』物語」によると、初代は江戸時代中期の喜右衛門。近江国の細田家の出で、親戚筋にあたる大坂・灘波の呉服商、小倉家の養子となり、1747(延享4)年に17歳で江戸に下った。現在、凮月堂はこの年を創業年としている。

 その後、宝暦年間(1751~64年)に京橋(東京都中央区)で菓子商を開業。大坂から来たため、店名を「大坂屋」とした。

 初代の喜右衛門には実子がなく、妻の姪(めい)にあたる恂(じゅん)を養女とした。恂は唐津藩主、水野家に奉公に出ると、藩主の側室となって忠邦を産んだのち、宿下がりして家に戻り、2代目の喜右衛門となる婿をとった。

 忠邦は唐津藩を継ぐと生母の養家の大坂屋をひいきにし、つきあいのある大名家にも紹介した。また文化年間(1804~18年)には、当時すでに隠居して「楽翁」と号していた元老中の松平定信を紹介。大坂屋は定信の屋敷への出入りを許された。

 ある日、2代目の喜右衛門は、定信から中国の詩人・蘇東坡(そとうば)の「赤壁ノ賦」の一節から「風月堂清白」の5文字を屋号として賜った。松平家を辞した喜右衛門が忠邦に相談したところ、忠邦が書家・市河米庵(べいあん)に「風月堂」…

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森岡浩

姓氏研究家

1961年、高知県生まれ。早稲田大学在学中に独学で姓氏研究を始める。文献調査やフィールドワーク、統計を用いた実証的手法を用いる。2017年4月からNHK「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」に出演。著書、多数。