MRJが世界を飛ぶ日

三菱ジェット試験10号機を作った「ワールドチーム」

平野純一・経済プレミア編集部
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MRJから改称したスペースジェット=フランス・パリ近郊ルブルジェで2019年6月17日、賀有勇撮影
MRJから改称したスペースジェット=フランス・パリ近郊ルブルジェで2019年6月17日、賀有勇撮影

 国産初のジェット旅客機「スペースジェット」(旧MRJ)のANAホールディングスへの納入は6度目の延期が固まり、2021年後半以降となった。

 スペースジェットの開発は、三菱重工業が総力をあげて立ち上げた事業だ。2008年に発足した子会社の三菱航空機が開発を担った。だが、三菱航空機の歩みは、現在に至るまで「日々変化」の連続だった。

 三菱航空機は、型式証明の取得が難しいと感じ始めた16年後半から外国人技術者を多く採用し、航空機開発の知見を外から学んで開発スピードを上げようとした。それに加えて組織のあり方も変えた。IPT(インテグレーッテッド・プロダクト・チーム)と呼んでいるプロジェクトごとの組織編成だ。2017年12月に採用した。

 それまでは、組織は縦割りで、設計は設計、調達は調達、製造は製造といった、それぞれのヘッドの下で業務を担っていた。しかし、IPT体制にしてからは、部署横断的にチームが作られ、そのヘッドにはチーム内の権限と予算を委譲した。ボーイングやエアバスではすでに採用されている組織形態で、外国人技術者のアドバイスによって“輸入”した。縦割り組織のままだと、開発や実際の作業のスピードを上げるのに限界があった。

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平野純一

経済プレミア編集部

1962年生まれ。87年毎日新聞社入社。盛岡支局、サンデー毎日編集部、経済部、エコノミスト編集部などを経て2016年から現職。金融、為替、証券、マクロ経済などを中心に取材。