戦国武将の危機管理

伊達政宗「実戦話」を後世に伝えた“最後の戦国武将”

小和田哲男・静岡大学名誉教授
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ライトアップされた伊達政宗公騎馬像=仙台市青葉区で2008年12月28日、鈴木一也撮影
ライトアップされた伊達政宗公騎馬像=仙台市青葉区で2008年12月28日、鈴木一也撮影

 伊達政宗のことを「最後の戦国武将」などと表現することがある。永禄10(1567)年、織田信長が足利義昭を擁して上洛を果たす1年前、出羽国の米沢城で生まれ、寛永13(1636)年、3代将軍徳川家光が全国を安定して支配していたとき、江戸で亡くなっている。

 この政宗が生きた70年は、混沌(こんとん)とした戦国時代から安定した江戸時代への過渡期にあたっていた。大ざっぱにいえば、政宗の生涯の3分の2は戦国時代で、残り3分の1は大坂の陣以降の江戸時代となる。

 関ケ原合戦後は大坂の陣を除いて国内での戦いはなくなり、「徳川の平和」といわれている。戦いがなくなったことで、当然のように戦いへの備えは薄くなるし、緊張感に緩みも生じてくる。政宗はそれを警戒し、きちんと手を打っていた。それが武辺咄(ぶへんばなし)の奨励である。

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小和田哲男

静岡大学名誉教授

戦国大名・今川氏のお膝元で、徳川家康の隠居先でもあった静岡市で1944年に生まれる。72年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。専門は日本中世史。戦国時代史研究の第一人者として知られ、歴史番組でおなじみの顔。趣味は「城めぐり」で、公益財団法人「日本城郭協会」の理事長も務める。主な著書に「戦国の群像」(2009年、学研新書)、「黒田官兵衛 智謀の戦国軍師」(13年、平凡社新書)。公式サイト https://office-owada.com