藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

ブダペストで考えた「日本と似たハンガリー人の思考」

藻谷浩介・地域エコノミスト
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王宮の丘(ブダの丘)からドナウ川を望む。対岸はペストの町(写真は筆者撮影)
王宮の丘(ブダの丘)からドナウ川を望む。対岸はペストの町(写真は筆者撮影)

 外見は欧州人でも、日本語と同じアジア系のハンガリー語(マジャール語)を話すハンガリー人。周囲の国々はハンガリー語とは異なる印欧系。四方から攻め込まれやすい中欧のど真ん中の平原部で、彼らはどうやって生き残って来たのか。

 2017年5月。朝6時前にチェコのプラハをたった特急は、午前10時にスロバキアのブラチスラバに停車の後、午後1時の定時にハンガリーの首都ブダペストの東駅に到着した。丘陵地と農地の繰り返しだった車窓は、ブダペストに近づくにつれ、建物の並ぶ平野になっていった。ここは中欧最大の沃野(よくや)ハンガリー平原の北端にあたるのだ。

 ブダペストの都市圏人口は300万人を超えており、オーストリアのウィーンをしのいで中欧最大の都会である。いかにも大陸欧州というデザインの鉄骨組みの屋根のかかった東駅から、都心へと地下鉄で移動し、歴史ある建物を改装したホテルにチェックインすると、フロントの女性が部屋まで案内してくれた。

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。