藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

ハンガリー「独自路線気質」はどのように築かれたのか

藻谷浩介・地域エコノミスト
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ルービックキューブの壁画。発明者はハンガリー人(写真は筆者撮影)
ルービックキューブの壁画。発明者はハンガリー人(写真は筆者撮影)

チェコ・スロバキア・ハンガリー編(4)

 23年ぶりに訪れたブダペストの街は、活気とゴージャスさを増していた。ハンガリー人の旧知と、日本と当国の共通性について語り合った翌日は、王宮の丘(ブダの丘)に上って当地の歴史を振り返った。

9世紀以来の王宮が置かれるブダの丘

 ハンガリー料理を堪能した翌朝。ドナウ河畔まで歩くと、1849年に架橋された「セーチェーニくさり橋」のたもとに、堂々たるライオンの彫像が置かれ、対岸の丘の上には壮麗なブダの王宮が望まれた。

 ブダペストという名称は、オーストリア=ハンガリー二重帝国の時代(前回参照)に、王宮のある西岸のブダと、東岸の商業地区ペストが合併して生まれた。ドナウ川を見下ろす要衝のブダの丘は、9世紀から16世紀半ばまで、スロバキアやトランシルバニア(現ルーマニア)を含む領域を治めるハンガリー王国の中心地だった。

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。