ベストセラーを歩く

村上龍の最新作「MISSING」が突く日本社会の“盲点”

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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 村上龍のデビュー作「限りなく透明に近いブルー」(1976年)は、「ロックとファックの世代」と評され、若者たちが薬物に酔ったり、暴力を振るったりするシーンで有名になった。しかし、作品の本質はそんなところにはなく、むしろ、主人公の静かな観察と豊かな想像力にあったのではないか。最近、精読する機会があり、そんな思いを強くしていた。

 新作長編「MISSING 失われているもの」(新潮社)は、村上のそういう原点を楽しめる作品だった。主人公が記憶の中へ、無意識の底へと下降していく設定で、内向しながら得られるイメージの味わいが魅力になっている。44年間、多くの村上作品をリアルタイムで読んできた身には、とうとうこういう地点にきたか、という感慨があった。

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。