名家のルーツ

「宇津救命丸」“かんの虫”に挑んだ創業家の400年

森岡浩・姓氏研究家
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宇津救命丸=2020年5月11日、田中学撮影
宇津救命丸=2020年5月11日、田中学撮影

 「夜泣き・かんむしに宇津(うづ)救命丸」――CMで一度は聞いたことがあるフレーズだろう。筆者は最初にこれを聞いたとき、夜泣きはともかく「かんむし」とはどんな虫で、それと薬がどういう関係にあるのかが不思議だった。

 この宇津救命丸を作っているのが宇津救命丸株式会社だ。その創業家であり現在も経営を担っているのが宇津(うつ)家である。商品名・社名と創業家の名字が一致しているのは意外と珍しい。ただし、宇津救命丸の場合、商品名と社名は「うづ」と濁るが、創業家の名字は「うつ」と濁らない。もともと商品名も「うつ」だったが、「うつ救命丸」では聞き取りづらいことから、「うづ」に改めたのだという。

 宇津救命丸の歴史は安土桃山時代にさかのぼる。創業家の宇津家は、中世は下野国の大名、宇都宮家に医師として仕えていた。宇都宮家の没落後、宇津権右衛門が下野国上高根沢郷(栃木県高根沢町)に移って帰農したのが祖で、初代となった。そして初代が1597(慶長2)年に秘薬を開発した。同社はこの年を創業年としている。

 この秘薬の開発には同社内に伝説が残っているという。家の門前で倒れていた旅の僧を初代が助けて看護したが、そのかいなく僧は息を引き取った。みとりの際に僧から渡された書物に秘薬の製法が記されており、それをもとに作ったものが後の宇津救命丸になった。ただ実際のところは、豊臣政権下で朝鮮半島に出兵した宇都宮家が大陸から製法を持ち帰り、それを和風にアレンジしたと同社では考えているようだ。

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森岡浩

姓氏研究家

1961年、高知県生まれ。早稲田大学在学中に独学で姓氏研究を始める。文献調査やフィールドワーク、統計を用いた実証的手法を用いる。2017年4月からNHK「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」に出演。著書、多数。