ベストセラーを歩く

本屋大賞「流浪の月」魂が響き合うような男女の関わり

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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 100人のうち99人がAと考えている。でも、1人はBと考えていて、実はそこに真実があるように見える。これは小説というものが、得意なシチュエーションだ。小説はこの少数派の1人の立場で世界を描くと存分に力を発揮する。そして、そういう真実があることを鮮やかに示すことで、社会的な役割も担う。

 本屋大賞を受賞した凪良(なぎら)ゆうの長編小説「流浪の月」(東京創元社)はそんな小説の好例だろう。全国の書店員の投票で選ぶ同賞は、芥川・直木賞とともに小説の販売に最も影響力のある賞だ。

 凪良は京都市在住。2007年に本格的にデビュー。男性同士の恋愛を描くBL(ボーイズラブ)小説で知られたが、今回、BLものでない初めての単行本で大きな賞に選ばれた。世間から拒絶される少数派の心の動きを繊細に描いていて、幅広い共感を呼んでいる。

ヒロインの更紗と大学生の文

 1組の男女の関係が物語の軸になっている。ヒロインの9歳、更紗(さらさ)と、19歳の青年、文(ふみ)だ。

 更紗は少女時代、自由な雰囲気の中で育ったが、父親が病死し、母親が家を出て孤独な境遇になった。親族の家に預けられたが、その家の息子の性的虐待に耐えながら暮らしている。大学生の文は大人の女性に恋愛感情を抱けない。更紗が文の家に遊びに行ったことから、2人は誘拐事件の被害者と加害者になってしまう。

 性犯罪の当事者に仕立てあげられて、文は断罪され、更紗は同情される。しかし、真実は全く違う。2人が15年後に再会し、お互いを精神的に求めていく姿が、世間の鈍感や無理解と対照的に描かれていく。

 小説の末尾近くで、更紗が文との関係について語る場面がある。彼女は文を…

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。