名家のルーツ

「ホチキスとクリップ」を広めたイトーキの伊藤家

森岡浩・姓氏研究家
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イトーキのシンボルマークとロゴ=2020年6月19日、田中学撮影
イトーキのシンボルマークとロゴ=2020年6月19日、田中学撮影

 ホチキスとクリップは、職場ではもちろん、家庭でも広く使われている文房具だ。このホチキスとクリップを1903(明治36)年に日本に初めて輸入したのが、大阪で輸入業を営んでいた伊藤喜商店で、現在のオフィス文具メーカーのイトーキの前身だ。

 ホチキスは、もとは英語だが会社名だ。本来、ホチキスは英語で「ステープラー(Stapler)」という。日本に初めて輸入されたステープラーは米ホチキス社製で「ホチキス」と呼ばれるようになった。日本産業規格(JIS)では「ステープル」だが、新聞やNHKは「ホチキス」を採用している。また、クリップももとは英語の「ゼムクリップ(Gem Clip)」で、本来は英ゼム・マニュファクチュアリング・カンパニーのクリップという意味だ。

 伊藤喜商店は1890(明治23)年に創業した。その社名は、創業者の伊藤喜十郎に由来する。喜十郎は名字の「伊藤」がありふれたものなので、名前の先頭の「喜」を足して伊藤喜とした。こうした命名法は江戸時代に広く行われていたが、明治に入ってからもしばらくはその名残があったのだろう。

 伊藤家は、もとは大坂・平野町(大阪市中央区)の両替商だった。1880(明治13)年に当主だった伊藤善兵衛は、同じ両替商仲間だった高麗橋(同中央区)の小野家から婿養子を迎えた。小野家は江戸時代に日本一の豪商だった三井家の分家筋にあたり、三井家と同じく越後屋を屋号とする旧家だ。この小野家の六男の喜十郎が善兵衛の娘と結婚して伊藤家を継いだ。ただ当時、国立銀行の創立が相次いでいた時期で、両替商は衰退の一途をたどってい…

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森岡浩

姓氏研究家

1961年、高知県生まれ。早稲田大学在学中に独学で姓氏研究を始める。文献調査やフィールドワーク、統計を用いた実証的手法を用いる。2017年4月からNHK「人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!」に出演。著書、多数。