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村木元厚労次官「コロナで非正規の人たちが一番心配」

エコノミスト編集部
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村木厚子さん
村木厚子さん

 新型コロナウイルスの感染の広がりは、社会や働き方をどう変えるのか。7月に新著「公務員という仕事」を出し、労働や社会保障政策に詳しい村木厚子氏に聞いた。週刊エコノミストの巻頭特集「日本・世界経済大展望」よりお届けする。【聞き手=エコノミスト編集部・加藤結花】

コロナで全員が「当事者」になった

 --コロナ禍の社会をどう見ていますか。

 ◆村木厚子さん 先日、牧師でホームレス支援を行う奥田知志さんと対談して、コロナ危機は世界中が同じ経験をして、同じ問題意識を持つことができた、これまでにない経験だ、という話になりました。奥田さんは「全員当事者」という言葉で表現されていましたが、公務員時代に国民の皆さんに当事者意識を持ってもらうことの大切さを痛感していた身として、とても印象に残りました。

 --プラスの面もあったということですね。

 ◆私たちの日常がいかに医療や物流などの社会的インフラに支えられているか、ということに気付いた人も多いと思います。そして、コロナの前では平等に危機にさらされる。自分は支える側だと思っている人も、一瞬にして支えられる側になる。私は自分が逮捕されたとき、一瞬にして「支えられる側の人間になった」と感じました。だからこそ、みんなで支え合おう、連帯感を持とうという発想になるんです。

 --テレワーク(在宅勤務)やオンライン会議なども浸透しました。

 ◆私も、公務員時代に死ぬほどお願いしても広まらなかった在宅勤務が、一気に普及したことに驚いています。育児や介護などで自宅で勤務したほうがいいという人たちのためにも見直されるべきだと訴えてきましたが、コロナを機にぐっと前に進んだ。やれば、できるんだと(笑)。

 在宅勤務での人事の評価制度や新人の研修など課題は出てきていると思いますが、やらなければ課題も分かりません。日本の企業は、変化を拒否するときの理由に「顧客の理解が得られない」とすることが多いのですが、コロナ禍では顧客も同じ経験をしている。全員当事者だから、理解を得られやすい。何かを変化させるには最適なタイミングです。

外出自粛要請が出されていた時の渋谷スクランブル交差点=2020年4月5日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影
外出自粛要請が出されていた時の渋谷スクランブル交差点=2020年4月5日、本社ヘリから手塚耕一郎撮影

セーフティーネットは次への踏み台

 --コロナのマイナス面は。

 ◆派遣や非正規で働く人のことを一番、心配しました。大きな問題だと感じたのは職と住が一緒になっている働き方をしている人たち。会社の借り上げのアパートなどに住み込んでいると、職を失うと同時に住む場所も失ってしまいます。解雇に関しては使用者は30日以上前に通知を行う義務がありますが、社宅は福利厚生だから簡単に追い出すことができる。これは現在の法律で守り切れていない部分で、リーマン・ショックの派遣切りのときのような状況を繰り返してしまったと反省しています。

 人は一度、底辺まで落ちてしまうと、元の場所に戻るのは非常に困難です。生活保護は1年以内なら抜け出しやすいですが、それ以上長引くと難しい。セーフティーネットは「網」をイメージする人が多いですが、もう1回自分で社会復帰するための「跳び箱の踏み台」という捉え方もあります。

 --アフターコロナの社会についてお願いします。

 ◆いくら官邸や厚労省が頑張っても、役所だけでコロナは防げません。問題の解決に向けては、社会全体で当事者意識を持って連携していく必要があります。アフターコロナの時代は変化のスピードがますます速まっていくことが予想されるので、日本も変化のスピードを加速させていくことが重要だと感じています。

村木厚子さん略歴

 むらき・あつこ 1955年高知県出身。高知大学卒業後、78年労働省(現・厚生労働省)入省。2009年、郵便不正事件で逮捕、10年無罪が確定して復職。13年厚生労働事務次官。15年に退官。現在は津田塾大学客員教授、伊藤忠商事などの社外取締役を務める。近著に「公務員という仕事」(筑摩書房)など。

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 この記事は、週刊エコノミスト8月11・18日合併号の巻頭特集「日本・世界経済大展望」の記事をウェブ用に編集したものです。連載「週刊エコノミスト・トップストーリー」は原則、毎週水曜日に掲載します。

週刊エコノミスト8月11・18日合併号

 
 

エコノミスト編集部

藤枝克治編集長率いる経済分野を中心として取材、編集するチーム。経済だけでなく社会、外交も含め幅広く取材する記者の集団であり、各界の専門家にコラムや情報提供を依頼する編集者の集団でもある。