経済記者「一線リポート」

安倍政権と官僚が生んだ「戦後最長の景気拡大」の幻

大久保渉・毎日新聞経済部記者
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2012年12月に始まった景気拡大は戦後最長とならなかった=東京都港区で2020年8月9日、本社ヘリから竹内紀臣撮影
2012年12月に始まった景気拡大は戦後最長とならなかった=東京都港区で2020年8月9日、本社ヘリから竹内紀臣撮影

 2012年12月の第2次安倍政権の発足とともに始まった景気拡大が18年10月で終わり、政府の言う「戦後最長の景気拡大」が幻だったことが、有識者らによる専門会議で認定された。

 18年10月当時は、中国経済の失速で輸出や生産などの指標が悪化し始めた時期だ。エコノミストの間で「景気拡大は途切れた」との見方が強まっていたが、政府は「緩やかに回復している」との公式見解を変えなかった。

 当時、与党は19年夏に参院選を控え、選挙対策に躍起になっていた。安倍政権の最大のPRポイントは旧民主党政権時代と比べ改善した日本経済であり、戦後最長の景気拡大はその象徴的な成果だった。

 政府としても「参院選前にわざわざ与党に逆風となることはしない」(経済官庁幹部)のが本音で、選挙を有利に進めたい安倍政権の願望と官庁のそんたくが幻を生んだのではないかと、私は思う。

 景気の拡大期と後退期は、経済学者らによる内閣府の「景気動向指数研究会」(座長・吉川洋立正大学長)が事後認定する。研究会は7月30日に会合を開き、18年10月が景気のピークである「山」だったと全員一致で認定した。

 第2次安倍政権下の景気拡大は71カ月にとどまり、小泉政権時代に始まった戦後最長の73カ月(02年2月~08年2月)に届かないことになった。

 18年秋から19年前半は、米中貿易戦争などで中国経済が失速していた時期だ。経済指標から機械的に算出する「景気動向指数」では、景気の基調判断は18年9月に「改善」から「足踏み」に下方修正され、19年1月には「足踏み」から「下方への局面変化」へと更に引き下げられた。

 多くのエコノミストが「景気の実態は『踊り場』や…

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大久保渉

毎日新聞経済部記者

 1979年、ブラジル生まれ。2004年、京都大学総合人間学部卒、毎日新聞社入社。山形支局を経て09年から東京本社経済部。自動車などの民間企業、日銀、証券業界、金融庁、経済産業省、財務省を担当。15年から2年間は政治部で自民党などを担当した。19年5月から日銀、証券、金融庁を束ねる金融グループのキャップ。