鉄道カメラマン見聞録

強力ディーゼル機関車「DF200」貨物引く迫力と重厚さ

金盛正樹・鉄道カメラマン
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北海道の貨物輸送を担うDF200。力強さを象徴するように、高温の排出熱が陽炎となって立ち上る=北海道の室蘭線・洞爺-有珠間で2014年10月22日、金盛正樹撮影
北海道の貨物輸送を担うDF200。力強さを象徴するように、高温の排出熱が陽炎となって立ち上る=北海道の室蘭線・洞爺-有珠間で2014年10月22日、金盛正樹撮影

ディーゼル機関車ものがたり(2)

 1962年に誕生したDD51は、当時の国鉄が開発した幹線用ディーゼル機関車の一つの完成形でした。それゆえ、国鉄が87年にJRとなった後も、長く第一線で活躍し続けました。

 ところが時代が進むにつれて貨物列車は高速化し、輸送量も増えていきました。特に北海道ではDD51を重連で使用することで対応しましたが、効率が悪く、厳しい気候と過酷な運用で老朽化も目立ちはじめました。

 貨物用のハイパワーな新型ディーゼル機関車が求められたのです。そこでJR貨物が92年に誕生させたのが箱形車体のDF200でした。

 DD51は幹線用としては世界的に珍しい、液体変速機(トルクコンバータ=オイルなどを介した液体クラッチ、トルコン)による駆動構造でした。簡単に言えば、自動車のオートマチック車に似た走行原理です。

エンジンで発電してモーターで走行

 これに対しDF200はエンジンで発電し、発生した電気でモーターを回して走ります。いわば自家発電する電気機関車です。両者とも外から見ればエンジンをうならせて走るディーゼル機関車ですが、内部をのぞけば駆動構造はまったく異なるのです。

 なぜこんな変化があったのでしょうか。それは日本では幹線用ディーゼル機関車の新規製造が長い間なく、鉄道用大容量トルコンの開発技術が廃れたことが一因です。

 さらにエレクトロニクスの進化で高効率の制御システムが開発され、メンテナンスフリーに近い小型交流モーターや小型高出力エンジンが出現したことで、このような変化が起こったのです。

 JR貨物は最初にDF200を1両だけ試作し、道内で各種試験を行いました。そして9…

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金盛正樹

鉄道カメラマン

 1967年神戸市生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒業後、商業写真プロダクション「ササキスタジオ」に7年間在籍。1996年からフリー。鉄道専門誌や一般誌に写真を発表している。「鉄道と名のつくものは、実物から模型、おもちゃまで何でも撮影する」がモットー。日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。鉄道と同じくらいクルマも好きで、愛車はスズキジムニー。機械式カメラ、日本史、日本刀など趣味多数。