海外特派員リポート

現代中国経済「三国志」北京が上海を追い抜く理由

赤間清広・毎日新聞経済部記者
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テレビ塔や高層ビル群が並ぶ巨大都市・上海。長年、中国経済をリードしてきた=2017年7月6日、赤間清広撮影
テレビ塔や高層ビル群が並ぶ巨大都市・上海。長年、中国経済をリードしてきた=2017年7月6日、赤間清広撮影

 上海、陥落寸前――。中国史の話ではない。現代の中国で勢力図が目まぐるしく入れ替わっている主要都市の経済規模争いのことだ。

 長年、中国経済の中心の座に君臨してきた上海だが、最近は「政治都市・北京」の猛追を受けている。一方、かつて経済規模で中国の主要都市を圧倒してきた香港は年々、存在感が薄れている。経済規模をめぐる現代版「三国志」を分析すると、中国経済の変化の実態が見えてくる。

 まずは2020年1~6月期の域内総生産(GDP)を見てみよう。トップは上海で1兆7300億元(約26.5兆円)。2位・北京は1兆6200億元で、その差は1000億元(1兆5320億円)程度まで縮まっている。

 中国が経済大国への坂を上り始めた00年当時、上海のGDP4500億元に対し、北京は2500億元と倍近い開きがあった。

かつての中心は香港

 ただし、00年当時で見れば、経済の主役は間違いなく香港だった。香港のGDP規模を当時の人民元レートで換算すると1兆4000億元超。中国本土の上位6都市(上海、北京、広州、深圳、天津、重慶)のGDP合計に匹敵する巨大さだった。

 逆転劇はなぜ起きたのか。それを分析するには、3都市の歴史的な生い立ちを理解する必要がある。

 香港、上海が「経済都市」へと変貌したきっかけは1840年代のアヘン戦争だ。敗戦国となった清は香港島を英国に割譲すると同時に、上海などの開港に応じた。

 この結果、香港には英国式の資本主義経済が導入され、戦後はアジアの金融センターとして隆盛を極めていく。

 一方、上海にはアヘン戦争後、「租界」と呼ばれる欧米列強の居留地が誕生し、海外交易が発展。1992年には中国…

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赤間清広

毎日新聞経済部記者

 1974年、仙台市生まれ。宮城県の地元紙記者を経て2004年に毎日新聞社に入社。気仙沼通信部、仙台支局を経て06年から東京本社経済部。霞が関や日銀、民間企業などを担当し、16年4月から中国総局(北京)。20年秋に帰国後は財務省を担当しながら、面白い経済ニュースを発掘中。