藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

南米ボゴタ「エルドラド伝説」の栄光とコロナ禍の今

藻谷浩介・地域エコノミスト
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黄金博物館に展示された鳥の細工。日本が古墳時代のころ当地には黄金文明が栄えた(写真は筆者撮影)
黄金博物館に展示された鳥の細工。日本が古墳時代のころ当地には黄金文明が栄えた(写真は筆者撮影)

 治安の悪さがうわさされるコロンビアの首都ボゴタ。しかし昼間の都心は、危険を感じさせない、歩いて楽しい空間だった。家々が色彩豊かに塗られた旧市街をさまよった後、「エルドラド(黄金郷)伝説」を生んだ古代文明の名残を見学する。

 2017年8月。アンデス旅行でまずは薄い空気に慣れようと最初に立ち寄った、標高2600メートルの高原に広がる大都会ボゴタ。旧市街南東に広がるカラフルな住宅街から、西に向けて緩い坂を下りると、コンパクトな官庁街に出た。

 官庁街には、南から順番に大統領府、国会議事堂、裁判所と、国家の三権を司る建物が並び、それぞれの間に公園がある。しかし大統領府の周囲はものものしく警備され、写真も撮ることができなかった。

 コロンビアのサントス大統領(17年当時)は、半世紀以上内戦を続けた左翼ゲリラと和平を結んで16年のノーベル平和賞を受けており、訪問前月には、ゲリラの武装解除に成功していた。しかし流血を重ねたゲリラに政治的権利を与える妥協に国民の反対は強く、官邸の周囲には抗議の群衆が集まって、緊張した空気が流れていたのである。

 ちなみに筆者の訪問の翌年、18年の大統領選挙にはサントス氏は立候補せず、ゲリラ出身の候補を、右翼政党推薦の現ドゥケ大統領が破ることになった。和平のその後はどうなっているのだろうか。

 大統領府から北に向かい、南北を国会議事堂と裁判所に挟まれたボリーバル広場まで来ると、一転して平和そのものの光景が広がっていた。鳩が群れ、東面にはこの町のシンボルとも言える大聖堂が建っている。

 スペイン人がボゴタを侵略したのは1537年。インカ帝国滅亡の4年後だった。当時のスペイ…

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。