藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

エストニア首都タリン「24年ぶり再訪」の浦島太郎感

藻谷浩介・地域エコノミスト
  • 文字
  • 印刷
タリンの裏路地。エストニア国旗は珍しい寒色系のトリコロール(写真は筆者撮影)
タリンの裏路地。エストニア国旗は珍しい寒色系のトリコロール(写真は筆者撮影)

 欧州の東北の隅に並ぶバルト3国。森に覆われた中に、美しい小さな街並みが点在する、牧歌的なイメージを持つ方も多いのではないか。実際にその通りで、3国それぞれの首都の旧市街は美しく残り、すべて世界遺産に登録されている。だがそれぞれの違いや存在の経緯は、あまり知られていない。各国を2回ずつ訪れた記憶をたどりつつ、いかなる人たちがいかに住んでいるのかを描いてみよう。

 2016年8月下旬。成田からフィンランドのヘルシンキ空港に着いた筆者は、あわただしくEU(欧州連合)地域への入国手続きを済ませ、1時間40分後のタリン行きに乗り換えた。エストニアの首都タリンまでは、フィンランド湾(バルト海の湾)を越えて南に80キロ少々。飛行時間は30分もない。

 タリンの空港は市街地の南東4キロと至近にある。タリン自体、人口40万人少々のこぢんまりとした町だ。だがエストニア全体の人口が130万人程度なので、それでも国民の3人に1人がこの首都に住んでいることになる。

 エストニアの国土の最高地点は南東部のロシア国境に近い標高300メートル台の丘であり、全体が平べったい。面積は九州より少し大きい程度で、そこに九州の10分の1程度の人口しか住んでいない。彼らが日本に来れば、地形の起伏や変化の多さ、隅々の谷の奥にまで家のある様子に驚くのではないか。

 そんなエストニアはEUおよびシェンゲン協定(国境管理なしの自由な移動を認める欧州主要国間の協定)加盟国だ。そのため、フィンランドから入国する際には特に手続きはない。通貨もユーロなので、そのままタクシーに乗る。町の真ん中の丘が世界遺産の旧市街地になっているのだが、タクシー…

この記事は有料記事です。

残り2021文字(全文2721文字)

藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。