鉄道カメラマン見聞録

「初代0系からドクターイエローも」新幹線の魅力とは

金盛正樹・鉄道カメラマン
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丸い形状が愛らしい0系=福岡県の山陽新幹線・博多総合車両所で2008年2月29日、金盛正樹撮影
丸い形状が愛らしい0系=福岡県の山陽新幹線・博多総合車両所で2008年2月29日、金盛正樹撮影

新幹線ものがたり(1)

 今回は東海道・山陽新幹線を紹介しましょう。1964年、東京オリンピックに合わせて華々しく開業したのが東海道新幹線(東京-新大阪間)でした。新幹線は世界の鉄道に「高速鉄道」という活路を提示した画期的な出来事でした。

 その後、新大阪以西は山陽新幹線として、72年に岡山まで開業。75年に博多までの全線が開通し、東京-博多間の直通運転が始まりました。

 冒頭の写真は「0系」と呼ばれる初代の車両で、言わずと知れた元祖新幹線です。東海道新幹線では99年まで、山陽新幹線では2008年まで活躍しました。開業当時は子供も大人も憧れを込め、当時の「ひかり」を「超特急」と呼んでいました。

 この写真は車両基地で待機する姿を捉えたものです。このように新幹線を下から見上げることはまずないでしょう。この角度で見ると、ずんぐり丸い先頭部が、さらに丸っこく強調され、キャラクターグッズのようです。

デザインは変遷

 85年、0系のみで運行していた東海道・山陽新幹線に、開業以来初の新型としてセンセーショナルに登場したのが「100系」です。

 シャープな先頭形状のほか、直後のバブル経済につながる時代背景もあって、中間に2階建て車両を組み込み、個室も備えるなど、ぜいたくな仕様が目を引きました。新幹線としては、食堂車を営業した最後の車両でもありました。

 03年に東海道新幹線から引退しましたが、この写真はその最終運…

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金盛正樹

鉄道カメラマン

 1967年神戸市生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒業後、商業写真プロダクション「ササキスタジオ」に7年間在籍。1996年からフリー。鉄道専門誌や一般誌に写真を発表している。「鉄道と名のつくものは、実物から模型、おもちゃまで何でも撮影する」がモットー。日本鉄道写真作家協会(JRPS)会員。鉄道と同じくらいクルマも好きで、愛車はスズキジムニー。機械式カメラ、日本史、日本刀など趣味多数。