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菅政権の「デジタル化」本質を誤ると幻滅に終わる

熊野英生・第一生命経済研究所 首席エコノミスト
デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式。菅義偉首相(左)と平井卓也デジタル改革担当相=2020年9月30日、小川昌宏撮影
デジタル改革関連法案準備室の立ち上げ式。菅義偉首相(左)と平井卓也デジタル改革担当相=2020年9月30日、小川昌宏撮影

 日本の「デジタル化」は大きく遅れている。特に行政では遅れが目立つ。だから、行政のデジタル化は果断に進めなければならない--というのが、いまの国民の一般的な考え方ではないか。

 本稿では、本当にそのように考えてよいのかを再考したい。「デジタル化」という言葉には、期待と幻想が同居しているように感じられる。期待が大きければ幻想も膨らむが、後から幻滅させられることになりかねない。

「ボーモル効果」とは何か

 なぜ行政手続きに時間がかかるのかを考える時に、「ボーモル効果」という話は参考になるだろう。米国の経済学者、ウィリアム・ボーモル(1922~2017年)は、60年代に技術革新のジレンマについて次のように語っている。

 「シューベルトの四重奏曲の演奏は、何百年間も同じ方法を受け継いで行われていて、生産性はずっと変わらない。そうした舞台芸術が全く生産性を上げていない一方で、他の分野ではテクノロジーの進歩によって劇的な生産性上昇が起きている。米国の労働者の時間当たり生産性は、約29年間で2倍になったという。そうなると、修練に膨大な時間と労力を食われる舞台芸術は、相対的にすごく生産性の低い仕事になってしまう」

 現代では技術進歩によって、米国民はシューベルトの曲を今やただ同然で聞くことができる。そうなると、生のクラシック演奏をコンサート・ホールに聴きに行くことは、とんでもなく割高な値段になる。行政の仕事も、舞台芸術と同じで、何年間も変わらずに同じ作業を続けていると、いつの間にか、企業社会が大きく変化する中で、低生産性・高コストの仕事だという評価に変わってしまうことが起こる、ということなのだ。

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第一生命経済研究所 首席エコノミスト

1967年山口県生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。90年、日本銀行入行。調査統計局などを経て、2000年、第一生命経済研究所入社。11年4月から現職。専門は金融政策、財政政策、金融市場、経済統計。