経済記者「一線リポート」

「ドコモの翼を折ったのは」完全子会社化、社員の本音

本橋敦子・毎日新聞経済部記者
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NTTドコモ本社が入る山王パークタワー=東京都千代田区で西夏生撮影
NTTドコモ本社が入る山王パークタワー=東京都千代田区で西夏生撮影

 NTTが4兆円超を投入するNTTドコモの完全子会社化。28年ぶりの再結集は衝撃を持って受け止められた。大なたを振るったNTTの澤田純社長が狙うのは、第5世代通信規格「5G」やその次の情報通信基盤技術における国際的競争力の復権だ。政府も歓迎する動きだが、親会社が主導する半ば強引な統合劇に、ドコモ社員の間では不満や戸惑いがくすぶる。

「ドコモは3番手だ」

 「吉沢社長、ごめんね。ドコモはシェアは大きいが、収入、利益は3番手だ」。9月29日のオンライン会見で、澤田社長はドコモの吉沢和弘社長を気遣う言葉をかけながらも3度、「3番手」という言葉を繰り返した。KDDI、ソフトバンクに押され、2020年3月期の売上高、営業利益で3位に転落したドコモへの不満の表れだろう。隣に座る吉沢社長は気まずく苦笑するばかりだった。

 ドコモは1992年に政府の方針でNTT本体から携帯電話事業を分離して誕生した。固定回線のNTTグループ内にあって当初は「傍流」と陰口をたたかれたドコモ。だが、携帯電話の普及に伴い、通信市場の主役は携帯へ移る。さらにドコモが99年、携帯一つでネットとつながる「iモード」を開発すると、これが大ヒット。世界に先駆けて携帯電話のインターネットサービスの時代を切り開き、国内で圧倒的なシェアを握った。

iモード成功、NTTの逆襲

 だが、皮肉にもiモードによる爆発的な成長がドコモの自由を奪う形となる。04年、ドコモの3代目社長に技術系のエースでiモード事業を推進してきた津田志郎副社長が就…

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本橋敦子

毎日新聞経済部記者

 1992年、茨城県水戸市生まれ。2015年、早稲田大学文化構想学部卒、毎日新聞社入社。仙台支局で東日本大震災の被災地を取材し、19年5月から東京本社経済部。コンビニや食品、商社業界など民間の現場を幅広く担当。20年4月からは通信、IT・デジタル業界、総務省を取材している。