ベストセラーを歩く

“倍返し”若き半沢直樹が動く「アルルカンと道化師」

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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直木賞を受賞した当時の池井戸潤さん=東京都千代田区の東京会館で2011年7月14日、三浦博之撮影
直木賞を受賞した当時の池井戸潤さん=東京都千代田区の東京会館で2011年7月14日、三浦博之撮影

 1人の人間が生涯に体験できることは、たかがしれている。職業も、恋愛も、家族関係も、趣味も、ごく限られたことしか経験できずに死んでいくことになる。それを物足りなく思った時に効用を発揮するものの一つが小説だ。そこでは、さまざまな人生を臨場感たっぷりに味わうことができる。

 テレビドラマの半沢直樹シリーズが人気を集めた理由はいくつも挙げられるだろう。歯切れのいいセリフ、勧善懲悪のストーリー、出演者の誇張された演技。いずれも魅力に数えたいが、もう一つ、銀行という資本主義の中枢に位置する組織を内部から眺められるという楽しみもあったはずだ。

シリーズ第5弾

 ベストセラーになっている池井戸潤「半沢直樹 アルルカンと道化師」(講談社)は半沢シリーズの第5弾。銀行員の半沢がテレビドラマで活躍する時代よりも以前を舞台にしている。この時、半沢は東京中央銀行大阪西支店の融資課長。中小企業がひしめく商都で、半沢のさわやかな活躍が楽しめる。

 作者の池井戸は1963年、岐阜県生まれ。慶応大卒業後、三菱銀行(当時)に勤務。退職後はコンサルタント業や経済書の執筆を経て、98年に銀行の暗闇を暴いた「果つる底なき」で江戸川乱歩賞(ミステリー小説の公募の登竜門)を受賞してデビューした。

 受賞時の記者会見を取材したのを覚えている。経済に強く、引き出しの多い書き手の登場に期待が大きかった。その後、順調に執筆を進め、2011年には「下町ロケット」で直木賞を受賞。題材を広く社会に求める人気作家の一人だ。

強引な買収工作に抵抗

 今回の新作はインターネット関連の新進大手企業が、大阪の美術出版社を買収したい意向を示したことから…

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。