MRJが世界を飛ぶ日

三菱スペースジェット開発遅れ「技術の過信」がアダに

平野純一・経済プレミア編集部
  • 文字
  • 印刷
試験飛行で名古屋空港を離陸するスペースジェット=2020年3月18日、兵藤公治撮影
試験飛行で名古屋空港を離陸するスペースジェット=2020年3月18日、兵藤公治撮影

どうなるスペースジェット(2)

 三菱重工業の泉沢清次社長が10月30日、スペースジェットの「開発中断」を発表した時、「スペースジェットの技術については、それなりの評価をいただいていると考えている」と述べた。

 エンブラエル社(ブラジル)のライバル機と比べると、スペースジェットの性能は勝っている。乗客数がほぼ同じスペースジェット「M90」とエンブラエル「E175-E2」では、重さはスペースジェットが約10%軽く、離陸に必要な滑走路の距離も300メートル短い。

 しかし、エンブラエルの「E2」は2013年に開発を始め、そのシリーズの「E190-E2」は5年後の18年に「型式証明」を取得した。「E2」は元々ある「E」ジェットの発展形で、ベースとなる機体があるため、5年で取れたとはいえる。だが、開発を始めて12年たっても型式証明を取れないスペースジェットは、やはり時間がかかりすぎの批判は免れないだろう。

プライドが高いエンジニア

 良い機体は作れたとしても、型式証明は取れない――。そこに航空機メーカーとしての彼我の差を思い知ったのが、三菱航空機の12年間の歴史でもある。

 水谷久和・三菱航空機会長は以前、「三菱重工はYS11をつくり、今はボーイング機の主翼や胴体をつくっているが、完成機はまだつくれない。個々の技術に優れているだけではダメで、全体最適、全体設計ができるところにノウハウがある」と話した。

 航空機の開発を行う以上、開発のゴールは型式証明の取得だ。それは最初からわかっていたこと。しかし、試験機の初飛行時(15年11月)のチーフエンジニアの岸信夫氏はかつて「最初から型式証明をもっと…

この記事は有料記事です。

残り883文字(全文1579文字)

平野純一

経済プレミア編集部

1962年生まれ。87年毎日新聞社入社。盛岡支局、サンデー毎日編集部、経済部、エコノミスト編集部などを経て2016年から現職。金融、為替、証券、マクロ経済などを中心に取材。