藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

ムンバイ「エレファンタ島観光」で感じた濃厚なインド

藻谷浩介・地域エコノミスト
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エレファンタ島石窟群のシバ神像(写真は筆者撮影)
エレファンタ島石窟群のシバ神像(写真は筆者撮影)

インド・ムンバイとゴア編(2)

 東京23区と同じくらいの面積に、23区合計の3割増しの1200万人以上が住む、超過密都市ムンバイ。市民のオアシスの一つが、沖合10キロのエレファンタ島だ。森に覆われた山頂にあるヒンズー教の石窟寺院の遺跡は、世界遺産になっている。片道1時間ののんびりした船旅で、7世紀の昔にトリップしてみた。

インド門から船でエレファンタ島へ

 タージマハルホテルを出た筆者の足は、必然的に、ホテルの正面に建つインド門へと向かった。英国がインドを支配していた1924年、英国からの訪問者がインドに最初に足を降ろす玄関口として建てられたもので、古代ローマの凱旋門(がいせんもん)と16世紀のインドの建造物の要素を組み合わせた設計なのだという。しかしその周囲は列をなす観光客で埋まっていた。門のたもとから、エレファンタ島行きの木造船が頻繁に出ているのだ。

 筆者はそのまま列に並んで、船に乗ってみることとした。すぐに切符の売り子がやって来たので、400円ほどを払う。ちなみに門の外にある正規の売り場で買うと、もっと安いらしい。

 当日は日曜日で、船はひっきりなしに出ていた。どれも同じデザインの、2階建ての木造船で、満員だとひっくり返りそうなほど重心が高く見える。筆者は1階のベンチの一角に座ったが、立ち客も出るほど混んできたところで出航となった。同時に何隻もの船が同じ方向に向かうが、みな船足はのろく、まるで亀の競走のようだ。

牛と犬と猿がいる

 ムンバイは熱帯なので、訪れた12月でも暖かく、海上にはさわやかな風が吹いて快適だった。乾季なので空も青い。しかし汚染が深刻なのだろう、海の水…

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。