ベストセラーを歩く

生身の「人間・孔子」を描いた宮城谷昌光を読む贅沢

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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 宮城谷昌光の長編小説の最新刊「孔丘」(文芸春秋)を読んでいる間、はるかに遠い中国の古代を旅しているような気分だった。独特な思想家の生々しい日々の移ろいを楽しみながら、何度も中国の古代地図を眺め、遠い過去に考えをはせながら、人の世の諸相を味わえた。あわただしい現代の生活から解放される思いだった。

「夏姫春秋」で直木賞

 宮城谷は1945年、愛知県生まれ。早稲田大卒業後、出版社に勤めながら、創作を志した。不遇の時代を経て、90年に夏王朝の末期を舞台にした「天空の舟」で注目された。翌年刊行された「夏姫春秋」で直木賞を受賞。以後、中国古代史小説の第一人者として活躍している。

 宮城谷の小説の魅力は、かつて大陸で繰り広げられた権力闘争や人間模様が、斜め上から眺めるような感じで楽しめることだ。私たちは、しばし現実を離れて、悠久の時間の流れの中で、人々が織り成すドラマを味わい、そこでさまざまなことが問われるのを実感する。

 信義とは何か。偉人は何ゆえに偉人なのか。人は何のために生きるのか。人の価値を決めるものとは何か。

 春秋戦国時代の英雄を多く描いてきた宮城谷にとって、この時代の思想家で儒教の始祖である孔子を描くのは必然の流れでもあったのだろう。本の帯には「構想三十年」とある。「あとがき」によると、50代から孔子を書きたいと思っていたという。史料を集め、構想を練ったが、そのつど、あきらめた。70歳を過ぎて、神格化された「孔子」ではなく、失言があり失敗もあった「孔丘」なら書けるのではないかと考えたという。

小国に生まれ波乱の人生

 孔子の「子」は尊称であり、名は「丘」である。後世に多大な影響を与…

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。