毎日家業×創業ラボ

米国シリコンバレーで見た「現実」鈴木隆史さん

清水憲司・毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)
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米アイダホ州政府高官と意見交換する鈴木隆史さん(左から2人目)=清水憲司撮影
米アイダホ州政府高官と意見交換する鈴木隆史さん(左から2人目)=清水憲司撮影

 リーマン・ショックを乗り越え、新製品をテコに成長軌道に乗り始めた栄鋳造所。取引先から海外進出の打診を受け、鈴木隆史社長はタイに向かった。

私の家業ストーリー<4>

 案内された新興工業団地。道路など周辺の環境や、原材料を現地で入手できることを確認し、取引先の社長に「チャレンジしてみます」と答えた。せっかくだからと思い、現地の金属加工工場に立ち寄ってみることにした。

 タイ人経営者が、日系二輪メーカーの分厚い品質マニュアルを示しながら「これを全部やれば利益が出るんです」と目を輝かせているのを見て気が変わった。「やめよう」

 日本国内では、競合他社と納期を競い合い、単価の引き下げにしのぎを削ってきた。タイが成長市場であることは魅力的だったが、「ここでも同じことをやらないといけないのか。日本で苦しめられた現実とここでも闘わないといけないのか」と思ったからだった。

国内と同じ競争はダメだ…製造業の「上流」へ

 帰りの飛行機で考えた。アジアが製造業の「下流」だとすると「上流」はどこだろう。米国だ。人脈をたどって、米国のシリコンバレーに出かけることにした。

 2011年7月。シリコンバレーに到着してまず向かったのは、中国人経営の金属加工工場だった。製品を見せてもらうと、アルミ板の中央にバリ(加工の際に出る不要な出っ張り)が出たままだった。「これは取らないのか」と尋ねると、「必要ない。そこは見えなくなる部分だから」と答えが返ってきた。

 部品の図面から、世界的なスマホメーカーが発注した部品だと分かった。「この程度の品質で商売しているのか」と衝撃を受けた。さらに質問すると、口コミで受注が集まり、5年先まで仕事が確保できているという。技術では勝っているのに「ビジネスでは完全に負けている」。憧れの地シリコンバレーで、自分がズタズタにされたような気がして、帰りの飛行機は一睡もできなかった。

決意した「社内のグローバル意識改革」

 海外に対する認識が甘かった。社内を変革して、グルーバル意識を植え付けないといけない。まず外国人を雇おう。そうすれば日本人社員の意識が変わるのではないか。期間限定になってしまう技能実習生でなく、不法就労でもない外国人を探す。「そんな人がいるのか」。血眼になって探した部下がたどり着いたのは、NPO法人「難民支援協会」。最初は協会も半信半疑だったが、難民認定され、日本に住む外国人を「安価な労働者としてではなく、海外展開の戦力にしたい」とビジョンを語り、協力を取り付けた。

 「鋳物は日本の高度成長を支えた産業だ。将来はミャンマーで鋳物工場を開いてほしい。その時はオレが投資する」。採用面接でそう語りかけると、最初の外国人社員になったミャンマー人の男性は涙を流した。外国人採用には、受け入れ企業と入社する人材の双方にビジョンが必要だと確信した瞬間だった。

 次は中東から3人。彼らは日本語を話せなかったが、社内にグローバル意識を定着させるにはむしろ、その方が良いと考えた。

現場の衝突「でもやめない」

 しかし、工場長ら現場の日本人社員は困惑した。意思疎通ができず、勤務時間中に勝手にたばこを吸いに行ってしまう外国人社員たちにいらだちを募らせた。

 会社の忘年会で不満が爆発し、工場長と外国人社員がつかみ合いのけんかになった。工場長から「外国人雇用をやめてくれ。さもないと皆でボイコットする」と詰め寄られたが、「日本人社員が全員やめてもいい。オレは続ける」と突っぱねた。

 社長は本気だ。このことが伝わり、社員たちが自発的に作業手順書や注意喚起の掲示物の英訳を始め、英会話を学ぶ社員も増えた。外国人社員向けには、日本語や日本企業で働く基礎知識を教えるプログラムをつくった。

 社内のグローバル意識を高め、そして米国に進出しよう。その土台が整ってくる中で、あるアイデアが浮かんできた。シリコンバレーで自分が経験したショックと気づきを共有できれば、仲間の経営者たちも動き出せるのではないか。仲間と一緒に中小企業を盛り上げる--。10年ほど前、後継者育成塾「はちおうじ未来塾」にいた頃から持ち続けていた思いだった。

<「私の家業ストーリー」は毎週火曜日に更新します。次回は、鈴木さんが仲間の経営者を巻き込み、海外に飛び出していく姿を追いかけます>

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清水憲司

毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)

 1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を卒業後、99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て、東京経済部で流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当した。2014~18年には北米総局(ワシントン)で、米国経済や企業動向のほか、通商問題などオバマ、トランプ両政権の経済政策を取材した。