毎日家業×創業ラボ

「社長イコール経営者じゃない」鈴木隆史さん

清水憲司・毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)
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「発ジャパン」について語る(右から)中本裕司さん、鈴木隆史さん、岩澤旭さん=東京都八王子市で、西夏生撮影
「発ジャパン」について語る(右から)中本裕司さん、鈴木隆史さん、岩澤旭さん=東京都八王子市で、西夏生撮影

 何度も襲ってくる危機を乗り越え、韓国、米国へと海外展開に乗り出した栄鋳造所。社長の鈴木隆史さんが30代前半の頃、地元の後継者育成塾「はちおうじ未来塾」で、覚悟の決まらない年下の経営者と話すようになってから感じてきたのは「誰でも社長にはなれる。しかし、社長になることと経営者になるということは全く違う」ということだった。

私の家業ストーリー<5>

 いつ会社を継ぐのが良いのか。先代の経営方針をうまく受け継ぐにはどうしたら良いのか……。本当に大事なのは、そんなテクニックじゃない。自分で自分の道を切り開くことだ。

 東京・八王子を発信地に、そんな思いを持った経営者集団を作りたくて、未来塾の卒塾生を集めた「八王子・フューチャー・アソシエーション」(HFA)を立ち上げた。

 最初はメンバーの会社を互いに訪問する交流会がメインだったが、東日本大震災があった2011年、全町避難になった福島県浪江町の商工会青年部と連携。ご当地グルメを競うB1グランプリで「なみえ焼きそば」を優勝させることを目標に、HFAメンバーたちは毎週末、各地で行われる復興イベントに出かけて焼きそばを作った。大会では4位だったが、過去最高の順位。次第に結束が強くなっていった。

「仲間と一緒に」浪江からフィリピンへ

 米国シリコンバレーの現実を目の当たりにし、社内のグローバル意識を高めるために外国人雇用にも踏み出した栄鋳造所は、フィリピンで人材を育成し、日本に呼び込もうと現地に拠点を設けた。これをHFAの活動につなげられないか。発案したのは、経営者仲間をフィリピンに連れ出す「ビジネスキャンプ」だ。

 フィリピンの大学に行き、英語でプレゼンをする。そして、学生たちと対話し、自社に関心を持ってもらう。普段はできない体験を通じて「脳に汗をかく」のが狙いだ。目の前の見積もりや社内の問題ばかりが気になる日常をあえて離れて、自社を見つめ直す契機にもなる。

フィリピンの大学生との交流会=栄鋳造所提供
フィリピンの大学生との交流会=栄鋳造所提供

 東京・八王子の岩沢プレス工業の岩澤旭社長(33)は、自分のプレゼンに目をキラキラさせて聴き入るフィリピンの大学生たちの存在に驚いた。「うちのような小さな会社が日本の大学に行っても、あんなことは起きない。自社の戦略やビジョンを真剣に考え始めたのは、あの時から。大きな転換点になった」と話す。日本では人材を探すのが難しくなったCAD(コンピューター利用設計システム)のオペレーターをフィリピンで確保した。

 製造業だけではない。海外とは無縁にみえる建築業の「巧塗装」の中本裕司社長(46)も「フィリピンの学生の熱意に可能性を感じた」。畳と障子の「日本間」の海外展開を目標に、まずは湿度調節が可能な壁材の輸出に向け、現地の大学との共同研究を始めた。

「発ジャパン」若手経営者の挑戦

 19年にはHFAの有志10人で、新会社「発ジャパン」を立ち上げた。若手経営者が自らの経験と人脈を生かして後進を育てる。

「発ジャパン」のメンバーたち=同社提供
「発ジャパン」のメンバーたち=同社提供

 そして日本発の中小企業が世界を変える。社名にはそんな思いを込めた。栄鋳造所が米国進出の足がかりとして拠点を構え、州政府関係者との人脈があるアイダホ州へのビジネスツアーには、八王子だけでなく、神奈川や宮崎、島根などから参加者が集まった。

 コロナ禍で、リアルな海外視察は難しくなったが、アイダホやテキサス州の大学生に、米国の市場調査をしてもらう「バーチャル・インターンシップ」をオンライン形式で実施。今後も、海外の視点や情報に触れることで、中小企業の経営者に「気づき」の機会を提供していく計画だ。将来は、日米の中小企業を引き合わせるコネクションサイトの開設も目指している。

「発ジャパン」が米国の大学との間で行ったバーチャル・インターンシップの様子=同社提供
「発ジャパン」が米国の大学との間で行ったバーチャル・インターンシップの様子=同社提供

 栄鋳造所、そして発ジャパンを率いる鈴木さんは「後進経営者のコンサルタントではなく、一緒に走る存在になりたい」と話す。経営者一人ひとりが自ら考え、課題を解決する。そうしたマインドを持ってもらうことで、一社でも多くの中小企業を世界に羽ばたかせたいと考えている。

「私の家業ストーリー」は毎週火曜日に更新します。栄鋳造所・鈴木隆史さんの連載は今回で終了です。次回から東京・大田のダイヤ精機・諏訪貴子さんが登場します>

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清水憲司

毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)

 1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を卒業後、99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て、東京経済部で流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当した。2014~18年には北米総局(ワシントン)で、米国経済や企業動向のほか、通商問題などオバマ、トランプ両政権の経済政策を取材した。