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建て替えの決断!星野リゾート代表が大事にしたこと

星野佳路・星野リゾート代表
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「星のや軽井沢」にある水力発電施設の外観
「星のや軽井沢」にある水力発電施設の外観

 社長就任から5年後の1996年、星野さんは創業の地、長野・軽井沢で「星のや軽井沢」の建設に向け構想を練り始めます。先代から引き継いだ温泉旅館を建て替える一大事業に踏み出すにあたり、星野さんは何を考えたのでしょう。

星野佳路の家業のメソッド

 建て替えには、相当な費用が見込まれましたが、周囲の反対はありませんでした。私が反対なんて許さなかったこともありますが、反対する雰囲気自体がなかったと思います。

 というのは、当時はウエディングの「ブレストンコート」もなければ、立ち寄り温泉施設「トンボの湯」もなく、あるのはボロボロの温泉旅館だけで、新入社員たちは古く狭い客室にお客さまを案内するのを嫌がっていました。

 それが人材募集のネックにもなっていた。新入社員が軽井沢に来ると、旅館を見せる前にスーパーを案内しました。旅館以外の魅力的な場所を一生懸命見せて、何とか入社してもらう状態でした。

プライドを持って働ける場を

 そういう中で、私は軽井沢の他のホテルを圧倒するような宿泊施設を作りたかった。規模を大きくして利益を出すことより、社員がプライドを持って働ける場所を作る。それが一番大きな使命だと思っていました。

 星野旅館は軽井沢で歴史を重ねてきましたが、歴代社長の経営判断を尊重したということは、実は何ひとつありません。ただし、先人たちが好きだったものを大事にしたいという気持ちはあります。

 祖父は、バードウオッチングが好きで、軽井沢の森や自然の豊かさを心から大切にしていました。「星のや軽井沢」のコ…

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星野佳路

星野リゾート代表

 1960年、長野県生まれ。慶応大経済学部卒業後、米コーネル大ホテル経営大学院修士課程修了。91年に星野温泉(現・星野リゾート)代表。温泉旅館だった家業を「世界で通用するホテル会社」にするとの目標のもと、所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、大きく変貌、成長させた。