毎日家業×創業ラボ

ある日「主婦から社長に」ダイヤ精機・諏訪貴子さん

永井大介・毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター
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ダイヤ精機の諏訪貴子さん=東京都大田区で宮間俊樹撮影
ダイヤ精機の諏訪貴子さん=東京都大田区で宮間俊樹撮影

 ファミリービジネス(家業)をどう次世代に引き継ぐか。社長である父、夫が突然亡くなった場合など、事業を引き継ぐ準備をしていなければ、なおさら難題になる。東京・大田の精密金属加工メーカー、ダイヤ精機社長の諏訪貴子さん(49)も先代である父保雄さんを病気で失い、主婦から突然、社長を引き継ぐことになった。事業売却をすすめる取引先銀行との衝突、リストラを乗り越え、職人や社員をまとめあげて、わずか3年で事業を立て直した諏訪さん。ドラマのモデルにもなった「後継ぎ娘」の記録を紹介する。

私の家業ストーリー<1>

 「急性骨髄性白血病です。お父様の体は、あと4日ももちません」。2004年4月。東京都内の病院で医師にこう告げられた。突然の宣告に頭が真っ白になり、しばらくは理解できないでいたが、保雄さんの命があとわずかであることがわかると、足が震えた。

 保雄さんに早期の肺がんが見つかったのは03年9月。すぐに手術で患部を取り除き、術後の回復も順調。医師の説明から「5年生きられる可能性は80%」と思っていた。当時、主婦だった貴子さんには、夫の米国転勤話が持ち上がっていたが、「早期がんならば大丈夫」と、夫と小学校入学を控えた長男の3人で渡米する準備を進めていた。

 夫の赴任の準備、長男の米国での入学準備で忙しかったが、「米国に行ったら経営の勉強をしてもいいかも」と経営学を学ぶことができるアメリカの大学の資料を取り寄せるなど、米国での新たな暮らしに思いを巡らせる日々が続いた。

 そんな希望に満ちた日々に暗雲が…

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永井大介

毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター

 1975年神奈川県生まれ。住友銀行(現三井住友銀行)を経て2000年、毎日新聞社に入社。山形支局、東京社会部を経て、東京経済部で中央官庁や日銀、自動車、鉄道などを担当した。17年からベンチャー支援を行い、30社以上の立ち上げに関わったほか、毎日新聞社の新規事業創出も担っている。NEDO高度専門支援人材フェロー。実家は神奈川県厚木市の測量会社。