毎日家業×創業ラボ

「継ぐ」「継がない」…父と娘の物語

永井大介・毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター
  • 文字
  • 印刷
作業場に立つダイヤ精機の諏訪貴子さん=東京都大田区で2020年12月15日、宮間俊樹撮影
作業場に立つダイヤ精機の諏訪貴子さん=東京都大田区で2020年12月15日、宮間俊樹撮影

 東京・大田の精密金属加工メーカー、ダイヤ精機の2代目社長、諏訪貴子さん(49)は、父の突然の死に直面し、主婦から社長に転身した。事業売却を勧める銀行との衝突、リストラを乗り越え、わずか3年で事業を立て直した。連載の2回目は、会社の経営に力を貸してほしいと思いながらも娘を2度もリストラすることになった父と、期待を感じつつも、よもや自分が会社を継ぐとは思えない貴子さんの「父と娘」の物語です。

私の家業ストーリー<2>

 ダイヤ精機社長だった父保雄さんを2004年4月に亡くした貴子さんだったが、悲しみに暮れている余裕はなかった。保雄さんが残した「宿題」がたくさん残されていたためだ。

 保雄さんが亡くなった翌日、メインバンクの支店長が会社に駆けつけた。一通りのお悔やみの言葉を述べた後、支店長は「後継者はどうされるのでしょうか」と切り出した。後継候補は、貴子さんと貴子さんの夫、そして、その他の親族、幹部社員だ。貴子さんは「会社は私がなんとかする」と、生前の保雄さんに約束したものの、自身が会社を継ぐつもりはなかった。保雄さんも、貴子さんをはっきり後継指名していたわけではなかった。

早世した兄の「生まれ変わり」

 貴子さんは「跡継ぎ娘」として、どのように育てられたのだろうか。

 わずか6歳で亡くなった長兄。法要で泣き崩れる父の姿が脳裏に残っている。保雄さんは、貴子さんを「兄の生まれ変わり」と言って育てた。貴子さんも自然と「私は男の子として生まれるはずだった」と思うようになり、男の子に交ざって遊ぶ…

この記事は有料記事です。

残り2382文字(全文3028文字)

永井大介

毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター

 1975年神奈川県生まれ。住友銀行(現三井住友銀行)を経て2000年、毎日新聞社に入社。山形支局、東京社会部を経て、東京経済部で中央官庁や日銀、自動車、鉄道などを担当した。17年からベンチャー支援を行い、30社以上の立ち上げに関わったほか、毎日新聞社の新規事業創出も担っている。NEDO高度専門支援人材フェロー。実家は神奈川県厚木市の測量会社。