藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

エルサレム「三つの宗教の聖地」の複雑さを思い知る

藻谷浩介・地域エコノミスト
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オリーブの丘の上から西に旧市街と岩のドームを見下ろす(写真は筆者撮影)
オリーブの丘の上から西に旧市街と岩のドームを見下ろす(写真は筆者撮影)

イスラエル編(8)

 2019年5月初旬の朝7時過ぎ。エルサレム旧市街の聖墳墓教会を出た筆者は、昨日夕方も訪れた嘆きの壁に、再び向かった。キリスト教徒が大勢いた聖墳墓教会と違って、嘆きの壁の前に人影はまばらだったが、ユダヤ教徒の若いカップルが気さくに撮影に応じてくれた。

ムスリム以外は入れない場所

 壁の手前から上方にかけて、木造の渡り廊下のようなものが架かっている。古代イスラエル王国のソロモン王が築き、ヘロデ王が修築したユダヤ神殿の跡である「神殿の丘」に、ムスリム以外の人が上る入り口だ。昨日は時間外で閉鎖されていたが、ちょうど7時半で開門されたところだ。手荷物検査場を通り、モロッコ門をくぐると、丘の上の平地に出た。

 左手の階段の上に、八角形のタイル張りの建物の上に乗った黄金の丸屋根が見える。メッカのカーバ神殿、メディナの預言者のモスク(いずれも現サウジアラビア)に次ぐ、イスラム教の第3の聖地「岩のドーム」だ。

 その中にあるという聖なる岩は、ユダヤ、キリスト、イスラム3宗教共通の預言者であるアブラハムが息子のイサクを神にささげようとした場所で、古代イスラエル王のダビデと神の契約の箱もそこに置かれたという。つまりユダヤ教にとっても聖地そのものだが、ムスリム以外は立ち入ることができない。

 入れないドームに近寄るのはやめて、敷地の外周を囲む回廊に足を向ける。ユダヤ教徒が祈りをささげる嘆きの壁の真上は、丘の上では場末の資材置き場のようになっていた。イスラム教がユダヤ教に対して文字通り“マウントを取っている”ともいえる位置関係に、「自分の目で現地を見て初めてわかることがある」と、痛感し…

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。