経済記者「一線リポート」

福島第1原発視察で感じた「置き去りの地元対策」

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バリケードが張られ、立ち入りが禁止されている国道6号の帰還困難区域の家屋=福島県大熊町で2021年2月16日、車内の助手席で高橋祐貴撮影
バリケードが張られ、立ち入りが禁止されている国道6号の帰還困難区域の家屋=福島県大熊町で2021年2月16日、車内の助手席で高橋祐貴撮影

 「事故後も東電との関係は悪くはないですよ」。東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)に近い、富岡町議のつぶやきは意外だった。事故から間もなく10年を迎えるのを前に、2月16日に同原発や町を訪ねると、事故を起こした東電への不信感は解消されていないと感じる一方で、良好な関係を築かなければ地元経済が回らないという複雑な事情も抱えていることがわかった。

 福島第1原発には、大熊町に隣接する富岡町から国道6号を北上して向かった。町内には帰還困難区域(約8・5平方キロ)が残り、約3割の町民は自宅に戻れる見通しが立っていない。途中、同区域を車窓越しに見ると、割れた窓ガラスが散乱したままの自動車販売店や、震災当時と同じ状態で放置された飲食店などが目についた。個人宅の前にはアルミ製のシャッターが設置され、どの建物も生い茂った雑草に覆われている。道路上に取り付けられた交通情報板の線量計は、毎時1・075マイクロシーベルトを表示していた。仕事でこの辺りを頻繁に通るという同県いわき市の自営業の50代男性は「車の窓は絶対に開けないし、エアコンも切って息をなるべく止めるようにしている」と打ち明けた。

厳しい廃炉の道のり

 その後、東電の視察ツアーに参加するために福島第1原発に入った。敷地内では毎日約4000人態勢で廃炉や除染を進めており、その6割が地元出身者だ。除染が進んで敷地内の96%は標準服で作業ができるようになり、食堂や休憩所も完備されて職場は事故直後より和やかになったことが地元にも伝わっている。

 ただ、廃炉への道のりは険しい。記者が2、3号機の建屋前に立った時、測定器の示す放射線量は毎時0・1…

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