毎日家業×創業ラボ

自分が生産した豚肉「どこで買える?」宮治さん

永井大介・毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター
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「みやじ豚」の宮治勇輔さん=本人提供
「みやじ豚」の宮治勇輔さん=本人提供

 農業を「かっこよくて・感動があって・稼げる新3Kにする」と大きな志を持ち、父昌義さんから実家の養豚業を引き継いだ宮治勇輔さん(42)。どのようにして「みやじ豚」を現在のようなブランド豚に育て上げていったのでしょうか。連載2回目は、宮治さんが養豚業界の課題に気づいていった経緯を探ります。

私の家業ストーリー<2>

 実家の養豚業の可能性に気付き、一人暮らし先から実家に戻るたび、父昌義さんに自分のビジョンを熱く語った勇輔さん。最初は猛反対した昌義さんだったが、最後はその熱意に押されて「一度やってみればいい」と事業を引き継ぐことを了承した。

 その頃、大手人材派遣会社パソナに勤務していた勇輔さんは、退職準備を進めながら事業構想を練っていた。以前からある、地域の「銘柄豚」という枠組みを脱し、自ら育てた豚を「みやじ豚」として一本立ちさせたいと考えるようになった。

 そう思い至ったのには、理由がある。大学2年生の頃、実家の豚肉を使って、自宅の庭でバーベキューをしたことがあった。集まったのは大学の野球サークルの仲間たちだ。

 「こんなにおいしい豚肉、食べたことがない」。感激しながら、豚肉を次々と口に運ぶ友人を見て、「ウチの豚肉ってそんなにおいしかったんだ」と初めて気づかされた。

 しかし、「どうすれば手に入るの?」と聞かれて、頭が真っ白になった。「どこで買えるのだろう」。それまで考えたこともなかった。家族に尋ねたものの、父昌義さんでさえ説明できなかった。

 自分の家で育てているのに、味も分からなければ…

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永井大介

毎日みらい創造ラボ・アクセラレーター

 1975年神奈川県生まれ。住友銀行(現三井住友銀行)を経て2000年、毎日新聞社に入社。山形支局、東京社会部を経て、東京経済部で中央官庁や日銀、自動車、鉄道などを担当した。17年からベンチャー支援を行い、30社以上の立ち上げに関わったほか、毎日新聞社の新規事業創出も担っている。NEDO高度専門支援人材フェロー。実家は神奈川県厚木市の測量会社。