冨山和彦の「破壊王になれ!」

「商業主義は悪か」冨山和彦氏が問う五輪開催の意義

冨山和彦・経営共創基盤グループ会長
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聖火リレーのスタートに臨む、なでしこジャパンのメンバーら=福島県で2021年3月25日(代表撮影)
聖火リレーのスタートに臨む、なでしこジャパンのメンバーら=福島県で2021年3月25日(代表撮影)

 コロナ禍がなかなか収まらないなか、東京オリンピック・パラリンピック開催の是非、可否についていろいろな議論が巻き起こっている。その中に「たかが商業イベントなんだから開催にこだわる必要はない」という意見がある。私はこの考えには明確に異議がある。商業イベント性は、むしろ五輪開催に向けて最大限努力すべき理由だと思っている。

五輪の商業化がひらいた競技者の可能性

 かつてアマチュア主義、非商業主義を標榜(ひょうぼう)していた五輪において、そこで行われる世界の頂点を競うチャンピオンスポーツは貴族階級の独占物だった。それはやがて経済力のある国家や企業の従属物となっていく。

 しかし、1984年のロサンゼルス五輪を契機に、チャンピオンスポーツをそこから解放し、生まれや立場に関係なく、才能と努力次第で五輪において世界の頂点を競える機会がひらかれたのは、このイベントが商業的に成功した、すなわち競技者たちがプロアスリートとしてそれで飯が食える可能性が広がったからである。

 加えて五輪の現代的な素晴らしさは、競技種目の範囲が広く、まだプロスポーツ産業として成り立っていないスポーツでも、個人レベルでは「飯が食える」チャンスを提供し、さらには五輪から競技自体が普及して産業化するチャンスが生まれていることにもある。

スポーツは重要な産業に

 成熟した先進国経済においては、必然的に消費の主役はモノからコトへ、物質消費から文化消費にシフトする。その過程で、スポーツは見る対象としても、行う対象としてもどんどん重要な位置を占めつつある。

 実際、スポーツ関連産業は世界的なビッグビジネス、先進国の多くで数十兆円単位のビジネスになっており、観光業もスポーツアクティビティー産業になることで高付加価値化を進めている。

 この流れは、ポストコロナに向けて加速することこそあれ、減速するとは思えない。スポーツは今や非常に多くの人々の雇用と所得を生み出す重要な産業になりつつあり、五輪はスポーツ産業の大祭典として、参加するアスリートだけでなく、極めて幅広い人々の未来に大きな影響力を持っているのだ。

 また、五輪が商業イベントとして大きくなることで、パラリンピックも大規模に開催されるようになり、より多くのパラアスリートが、世界中が注目する舞台で活躍する機会を実現している。

 前回の東京五輪で中村裕博士がパラリンピック日本選手団長として描いた夢は、商業化が進んだからこそ、より大きく花開いてきたのである。

商業主義は「下世話」か

 私は、この国のインテリ層の多くに通底する、商業的なものを低く下賤なものとみる風潮が昔から大嫌いである。…

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冨山和彦

経営共創基盤グループ会長

 1960年生まれ。東大法学部卒。在学中に司法試験に合格。米スタンフォード大経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループなどを経て、政府系企業再生ファンドの産業再生機構の最高執行責任者(COO)に就任し、カネボウなどを再建。2007年、企業の経営改革や成長支援を手がける経営共創基盤(IGPI)を設立し最高経営責任者(CEO)就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。