ベストセラーを歩く フォロー

カズオ・イシグロ「クララとお日さま」AIが心を持つ日

重里徹也・文芸評論家、聖徳大特任教授
作家のカズオ・イシグロさん=ストックホルムのスウェーデン・アカデミーで2017年12月6日、鶴谷真撮影
作家のカズオ・イシグロさん=ストックホルムのスウェーデン・アカデミーで2017年12月6日、鶴谷真撮影

 AI(人工知能)に心はあるのだろうか。人間とAIを区別するものとは一体、何なのだろうか。私たちはAIとどのようにつき合っていけばいいのだろうか。こういう問いかけを深めていけば、人間とはどういう存在で、何のために生きているのだろうか、という疑問に突き当たるに違いない。

 カズオ・イシグロの新作「クララとお日さま」(早川書房)はそんな問いに果敢に挑んだ長編小説だ。この作家らしい不気味で不穏な調子で物語が進み、やがて、大きな感動が待っている。

ノーベル賞受賞後第1作

 イシグロは1954年、長崎市生まれ。5歳から英国に暮らしている。数々の魅力的な小説を発表して注目され、2017年にはノーベル文学賞を受賞した。今作は6年ぶりの新作長編で同賞受賞後の第1作になる。3月に世界同時発売され、国境を超えてベストセラーになっている。

 主人公はAIを搭載したクララという名前のロボットだ。ショートヘアでフランス人の少女のような姿をしている。旧型なのだが、観察力と学習力に優れている。彼女を語り手にして物語は進む。

 つまり、読者は小説世界をクララの視点から見ることになる。この未来社会のありようや登場人物たちの背景も、読者に少しずつしか明らかにされていかず、それが小説全体を謎めいた不安な雰囲気の漂うものにしている。このあたり、過去のイシグロの作品(たとえば、「わたしを離さないで」)を思い出す人もいるだろう。

いくつかの“仕掛け”

 クララはショップで購入されて、病弱な少女のAF(人工親友、「アーティフィシャル・フレンド」の略か)になる。クララは献身的に少女に尽くし、少女もクララを慕うようになる。そして、少…

この記事は有料記事です。

残り621文字(全文1317文字)

文芸評論家、聖徳大特任教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年聖徳大教授。23年4月から特任教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。