藻谷浩介の世界「来た・見た・考えた」

黒人武士・弥助も経由 東アフリカ「モザンビーク島」

藻谷浩介・地域エコノミスト
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サン・セバスティアン要塞(ようさい)にはインド洋をにらむ大砲が残る(写真は筆者撮影)
サン・セバスティアン要塞(ようさい)にはインド洋をにらむ大砲が残る(写真は筆者撮影)

モザンビーク島編(1)

 織田信長に近侍し、本能寺の変でも奮戦した黒人武士の弥助をご存じだろうか。NHKでも特集され、ハリウッドで映画化も進む彼の出身地は、アフリカ南部のモザンビークである。どこそれ? という方も多いだろう。だが、鉄砲もキリスト教も活版印刷機もカステラも、インド洋に浮かぶ小島であるモザンビーク島を経由して、16世紀の日本にもたらされた。知られざる世界遺産でもあるこの島は、今はどうなっているのだろうか。

世界最貧国レベル

 2019年8月、香港から南アフリカのヨハネスブルクを経由してザンビアの首都ルサカに1泊した筆者は、翌日にその東にあるマラウイの首都リロングウェに飛び、さらに翌々日、週に2便のケニア航空で、モザンビーク北部の中心都市ナンプラまで飛んだ。

 マラウイは北海道と九州を合わせたくらいの面積に1800万人の住む内陸国で、旧英国植民地。モザンビークはインド洋に面し、日本の2倍の面積に3000万人が住む、旧ポルトガル植民地。隣り合う両国の共通点は、左側通行だということと、1人当たりGDP(国内総生産)で世界のワースト5に入る、世界最貧国ということだ。しかし治安は意外に悪くない。

 別の機会に、モザンビークの南端にある首都マプトを歩いたことがあるが、パスポートを携帯していなかったのを悪徳警官にとがめられて「金を払え」と賄賂を要求された以外は、特に危ない目には合わなかった。マラウイのリロングウェでは、市場だと思って歩いていたらそのままスラム地区に入り込んでしまったのだが、「ここは戦争をしたことのない国マラウイだ。仲良くやろうぜ」と威勢のいい若者に声を掛けられたくら…

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藻谷浩介

地域エコノミスト

1964年山口県生まれ。平成大合併前の約3200市町村のすべて、海外114カ国を私費で訪問し、地域特性を多面的に把握する。2000年ごろから地域振興や人口問題に関して精力的に研究、執筆、講演を行う。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」ほか多数。国内の鉄道(鉄軌道)全線を完乗した鉄道マニアでもある。