冨山和彦の「破壊王になれ!」

冨山和彦氏が語る「ワクチン敗戦」の実相と日本の選択

冨山和彦・経営共創基盤グループ会長
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モデルナ製の新型コロナウイルスワクチン=仙台市で2021年5月24日、和田大典撮影
モデルナ製の新型コロナウイルスワクチン=仙台市で2021年5月24日、和田大典撮影

 新型コロナウイルス感染症との闘いは、ワクチン接種スピードと変異株の感染拡大スピードの競争に焦点が移っている。我が国は残念ながら先進国の中では最もワクチン接種で後れを取っており、最近、その敗因を巡って議論が起こりつつある。

 多くは伝統的な個別的・安全保障論的な議論、すなわち自国自前でのワクチン開発・生産体制を整えておかないと、パンデミック(世界的な大流行)から国民の命と健康を守ることが難しいという類の議論だ。

 しかし、現時点で勝ち組のワクチンとなっているメッセンジャー(m)RNAワクチンの登場経緯を観察すると、話はそう単純ではない。そこには長年にわたるバイオ産業の構造変化から取り残された我が国の医薬品産業の問題、すなわち「バイオ敗戦」が根本的な問題として横たわっていることが見えてくる。

ハンガリーから米国へ渡った科学者

 人間の体内におけるたんぱく質合成命令を担うmRNAを医薬、医療に応用するという試みは早くから構想されていた。ハンガリーの貧しい家庭に生まれた研究者、カタリン・カリコ博士(早くも来年のノーベル医学生理学賞最有力と言われている)もその中心人物の一人だった。

 彼女はやがて家族とともに米国の大学に移る。1985年、まだ「鉄のカーテンの時代」である。この研究領域全体がさまざまな壁にぶつかり、困難を極める中、米国でも必ずしも恵まれない環境で彼女は粘り強く研究を続け、やがてmRNAの実用化に向けて大きな発見をする。

 そして2008年、その研究成果をもとにトルコ系の移民夫婦がドイツでバイオベンチャーを起こす。それがビオンテックであり、当初はmRNAのがん治療への応用をメインターゲットにしていた。

 このビオンテック社に注目した米国のメガファーマ(大手製薬会社)、ファイザーがmRNAのワクチン応用でコラボレーションを開始していたところにコロナパンデミックが襲ったのである。

 カリコ博士の研究成果を源流にしたもう一つのバイオベンチャーがモデルナである。こちらは山中伸弥博士のiPS細胞の応用過程でmRNAの可能性に関するインスピレーションを得たハーバード大学の研究者が中心となり、ボストンで10年に創業した。

 この領域ではスターベンチャーとして注目され、1000億円を超える資金調達に成功し、その資金を長期にわたり研究開発につぎ込んできた企業である。モデルナもmRNAのワクチン応用には比較的最近、18年ごろから取り組み始めていたようだ。

国の関与は最終章に過ぎない

 mRNAコロナワクチンの代表選手である2社の歴史的経緯で分かるように、ワクチン開発を巡る米国(あるいは米国バイオ産業)の勝利の物語において、圧倒的にものを言っているのは、…

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冨山和彦

経営共創基盤グループ会長

 1960年生まれ。東大法学部卒。在学中に司法試験に合格。米スタンフォード大経営学修士(MBA)。ボストンコンサルティンググループなどを経て、政府系企業再生ファンドの産業再生機構の最高執行責任者(COO)に就任し、カネボウなどを再建。2007年、企業の経営改革や成長支援を手がける経営共創基盤(IGPI)を設立し最高経営責任者(CEO)就任。2020年10月よりIGPIグループ会長。日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役社長。