ベストセラーを歩く

本屋大賞「52ヘルツのクジラたち」が描く“孤独の先”

重里徹也・文芸評論家、聖徳大教授
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2021年本屋大賞を受賞した町田そのこさん=東京都千代田区で2021年4月14日、小川昌宏撮影
2021年本屋大賞を受賞した町田そのこさん=東京都千代田区で2021年4月14日、小川昌宏撮影

 毎年、本屋大賞の受賞作を読むのが楽しみだ。全国の本屋さんたちが投票で選ぶ文学賞で、現代の切実なテーマを扱っていることが多いうえに、読みやすい作品が好まれる傾向がある。ああ、こういう小説が今の人々が必要としている物語なのかなと考えさせられる。

 今年の受賞作は町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)。目をひく変わったタイトルだ。52ヘルツのクジラとは、他のクジラには聞き取れない高い周波数で鳴くクジラのことだという。つまり、自分の思いをなかなか仲間に届けられない孤独な存在をさしている。

 町田は1980年生まれ。2016年に新潮社の「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。翌年にデビューした。福岡県在住。毎年のように本を出しているが、今作が初めての長編になる。

 今回の小説にはタイトル通り、何人か孤独な人物が登場する。まず、主人公。20代の女性だ。母親と、その再婚相手の義父に虐待され続けてきた。義父が病気で倒れてからは進学も断念させられて、介護することを強制され、従ってきた。だが、その義父からも理不尽な暴力を受け続けた。身も心も極度に抑圧されていたが、友人たちの助けもあって、何とかそこから脱出することに成功する。

大分県の海辺の町

 主人公は東京から大分県の海辺の町に引っ越す。そこで知り合ったのが、言葉を話せない、やせた少年だった。みすぼらしい服装をしている彼も、体にアザがあり、親から「ムシ」と呼ばれ、ひどい虐待を受けていることがわかる。似たような境遇を強いられている少年に対して親近感を覚えた主人公は、彼の思いを知ろうと努める。その行為は彼女自身の心も開いていくことに…

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重里徹也

文芸評論家、聖徳大教授

1957年、大阪市生まれ。大阪外国語大(現・大阪大外国語学部)ロシア語学科卒。82年、毎日新聞に入社。東京本社学芸部長、論説委員などを歴任。2015年春から聖徳大教授。著書に「文学館への旅」(毎日新聞社)、共著に「村上春樹で世界を読む」(祥伝社) などがある。