毎日家業×創業ラボ

お茶くみの日々…世界遺産「熊野古道」が運んだ転機

道永竜命・毎日新聞中部報道センター記者
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熊野古道センターの開設を記念して披露された種まきごんべい踊り=三重県尾鷲市で2007年2月10日、七見憲一撮影
熊野古道センターの開設を記念して披露された種まきごんべい踊り=三重県尾鷲市で2007年2月10日、七見憲一撮影

 町を出て行く仲間たちを横目に地元に残り、三重・尾鷲の商工会議所に就職した伊東将志さん(47)。「お前らがどっかで頑張ってる間、この町をなんとかする。町を変える」と野望を抱いていましたが、仕事といえば、帳簿の整理や伝票の入力、会議のお茶くみ――。これで「町のためになってるのかな。もっと大きなことをやるはずだったのに」という気持ちも芽生えてきました。そんな伊東さんに転機が訪れます。

私の家業×創業ストーリー・伊東将志さん<2>

 自分は「何者でもないな」と思った。何者かになりたくて、地元に残る「レアキャラ」になったはずが、会議所の重要な会議で任されるのは、受付やお茶くみ。当然ながら発言を求められる立場でもない。たまに回ってくるマイクは発言するためではなく、電池を替えるためだった。

 どうやったら「何者か」になれるのか。身近には、コミュニケーション能力が高くて仕事のできる優秀な人はいたが、自分にとっての「モデル」かといえば、どこかピンとこなかった。焦りのような感情が芽生えた。

 とはいえ、仕事の楽しみも多少分かってきた。後輩もできたし、プライベートでは結婚して子どもも生まれた。それなりに充実していた。会議でも、司会進行を任されたり、一言くらいなら発言できたりするくらいになった。

 会議所の経営指導員という肩書で、税務を担当し、小さいお店から億単位の売り上げがある中小企業まで帳簿を見ていた。確…

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道永竜命

毎日新聞中部報道センター記者

 1979年北海道生まれ。明治大学卒。北海道の地方紙記者を経て、2012年毎日新聞社に入社。中部報道センターを振り出しに岐阜支局、大垣通信部を経て、再び中部報道センター。19年5月から東京本社経済部で、電機メーカーなどの製造業を中心に取材。20年4月からはコロナ禍で進む企業のデジタル化などを取材しながら、IT企業を担当した。21年4月から3度目の中部報道センター。