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「デザインの世界へ」東京・表参道でつかんだ足がかり

清水憲司・毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)
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本多プラスの本多孝充社長=同社提供
本多プラスの本多孝充社長=同社提供

 英国留学を経て、父親が経営する「本多プラス」に入社した当時27歳の本多孝充さんは、長年、主力製品だった修正液ボトルは先行き不透明と判断し、まずは化粧品市場に打って出ようと考えます。愛知・新城にある小規模なプラスチック会社が目指すのは、高い品質とデザインを兼ね備え、従来のプラスチック会社のイメージを打ち破る「クリエーティブ・カンパニー」。本多さんの挑戦が始まりました。

私の家業ストーリー<2>本多プラス・本多孝充さん

 良き理解者だった伯父、敬介さんの葬儀に参列した孝充さんは、本多プラスの営業幹部から「会社がまずいことになっている」と耳打ちされた。会社が売り上げの大部分を占める修正液ボトルの製造に、さらなる投資を計画していたのだ。

 事業を拡大するための戦略なのは分かったが、パソコンの普及や修正テープの登場で、修正液市場は将来有望とは思えなかった。修正液ボトルの事業にのめり込んでは、会社は先細りどころか、急速に傾くかもしれない。

 そんな危機感を覚えて、留学していた英国から帰国。1997年、本多プラスに入社して取締役経営企画室長兼営業本部長に就任し、経営全般を取り仕切ることになった。

 孝充さんは幼い頃から、家業がプラスチック会社であることに、ひっかかるものを感じていた。身近にたくさん使われているのに、石油から作られているから、人工的で何となく環境に良くなくて、安っぽくて使い捨てにされるイメージ。それが自分たち家族の生活を支えていることに、子ども心に違和感を覚えていた。

 一方で、プラスチックに可能性も感じていた。留学時代のクリスマス、ロンドンの老舗百貨店ハロッズのショーウインドーで、輝く香水のガラス瓶にくぎ付けになった。きれいな瓶ならば、使い捨てではなく、インテリアとしてずっと取っておきたくなる。

 プラスチックでも同じことができるはずだ。芸術一家に育ち、ロックに打ち込んだこと。伯父の敬介さんが残した「でかい仕事をしろ」という言葉。そして今、自分は…

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清水憲司

毎日新聞経済部副部長(前ワシントン特派員)

 1975年、宮城県生まれ。高校時代まで長野県で過ごし、東京大学文学部を卒業後、99年毎日新聞社に入社。前橋支局を経て、東京経済部で流通・商社、金融庁、財務省、日銀、エネルギー・東京電力などを担当した。2014~18年には北米総局(ワシントン)で、米国経済や企業動向のほか、通商問題などオバマ、トランプ両政権の経済政策を取材した。