
今の日本国には、時代的な要請として国のカタチを大きく再設計すべき三つの課題がある。それは1990年代以降に起きてきた大きな歴史的な転換に対して、現在の日本の国のカタチが対応できなくなっている、おそらくは明治維新以来150年、太平洋戦争終結から70年にわたり積み上げてきた国家という建造物が、増改築では持たないところまで老朽化していることに起因している。
成功体験から脱却できず
90年代以降、経済の世界では競争のグローバル化とデジタル革命を主因とする破壊的イノベーションの時代が始まった。そこで明治以来の工業化キャッチアップモデル、良質で安価な工業製品を大量生産し、世界中に大量輸出・大量販売するモデルは、日本経済を豊かにする力を失っていった。
理由は簡単。後ろからは新興国が桁違いに安い人件費を武器に同じモデルで追い上げ、前にはGAFAのような破壊的イノベーターがこつぜんと現れ、行く手を阻むようになったから。前門の虎、後門の狼(おおかみ)に囲まれる一方で、長年の成功で教育から労働慣行、雇用制度、税制と社会保障など社会全体で有形無形に制度化された集団的オペレーショナルエクセレンス(卓越した業務遂行力)による大量生産・大量販売モデルが固定化されてしまい、そこから脱却できないままもがき続けたのが、日本経済の失われた30年の実相である。
経済安保こそ集団的に
ここにきてカーボンニュートラルというこれまた破壊性のあるテーマが降りかかり、従来モデルの有効性はますます失われる。経済安全保障名目で、国内で車載電池や半導体を大量生産すべきだという議論があるが、これだけサプライチェーンが長くなっている時代に最終工程だけ国内にあることにほとんど意味はなく、長期的にエネルギーコストも人件費も高い国で量産型工場を大規模に維持することは不可能である。それは赤字の垂れ流しと賃金のさらなる低下による巨額の国富の流出を招く。経済安全保障こそ、集団的安全保障アプローチで対応すべきテーマなのである。
ローカルな産業群の生産性向上を
日本経済が持続的成長力を回復する鍵は二つ。一つは…
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